シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【大阪】大阪城の鬼門除け、片埜(かたの)神社

自宅から枚方大橋を渡り枚方市へ。

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まず向った先は片埜(かたの)神社
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東門から境内に入ったようで、拝殿の横に出てきました。

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狛犬さん
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木の葉の間からひょっこり狛犬
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外観もさることながら、中を覗かさせて頂いても立派な拝殿でした。

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こちらの鳥居が正面

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牛さんがいるということは、素戔嗚尊ですね。
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御祭神を見ると、素戔嗚尊以外にも沢山の神様が祀られています。

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主神の中で初めてみる名前の神様の名前がありました。

 

 八島士奴美命(やしましぬみのみこと):八将軍・方位の守護神

古事記』によると、須佐之男神と櫛名田比売の子が八島士奴美神

妻は大山津見神の娘・木花知流比売

【出典元】八島士奴美神:玄松子の祭神記

 

八島士奴美命は素戔嗚尊のお子さんにあたるようで、親子でお祀りされていされています。

 

八将軍といえば、京都の大将軍八神社を思い出します。

shironpton.hatenablog.com

 

大将軍八神社の御祭神は素戔嗚尊

今日は素戔嗚尊とご縁がありそうです。

 

稲荷神社
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その稲荷神社から境内外に見えるとても立派な木。
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気になり一度境内から出てみることに。

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素晴らしかったです。

 

こちらの神社の木のエネルギーはなんとも気持ち良く、境内には他にも気になる木が沢山。

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中でもこの一帯が面白かったです。
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横から裏手に回ってみると、

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この木は何という木なのでしょうか。

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一本だけでしたが、異彩を放っていました。

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拝殿の横に可愛らしいお社を見つけました。
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玉依姫命市杵島姫命がお祀りされているからでしょうか、狛犬さんがお化粧をしているような感じでとても可愛らしかったのですが、上手く撮れていませんね(^^;
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この鬼の面が気になり、御朱印を頂いた際にお話しを伺いました。
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【神主さんのお話し①】

片埜神社は大阪城の北東、鬼門の位置にあたり、より強い鬼の力によって鬼門を封じる為に豊臣秀吉大阪城築城の際に再建されたとのこと。

 

だから大きな鬼の面があったということで、納得です。

全く予備知識なしのお参りでしたが神主さんが他にも詳しく教えて下さいました。

 

今回のお目当てはその片埜神社の横にあるこちらの公園。

牧野公園。
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【神主さんのお話し②】

この牧野公園は元は片埜神社の境内だったようで、境内から見える緑のこんもりとした大阪歯科大学の学舎も元境内だったようです。
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鎮守の杜である木は伐採せず保存するとのことで、境内の一角を大阪歯科大学へ売却されたとのことでした。

 

そして、更に片埜神社の規模の大きさを誇るエピソード。

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【神主さんの話し③】

地図の赤丸印の地点に穂谷川に架かる馬場前(ばばさき)橋があり、この馬場前の名前の由来は、ここに馬を繋いで片埜神社までの参道を歩いたとの記録が残っているようです。

 

ここで名前の由来繋がりで、片埜神社のある牧野の地名の由来。

 

【神主さんのお話し④】

読んで字のごとく、牧場、野原=牧野とのことで、高貴な方が乗られる馬を飼育していた場所だったそうです。

そして同じく、枚方市にある禁野(きんや)は、高貴な方が狩りを楽しむ場所(遊猟地)として一般人が立ち入ることを禁止されていた野原=禁野が地名の由来になると教えて下さいました。

 

そして、今更ですが枚方市にあるのに、なぜ片埜神社なのかという私の質問に神主さんが答えて下さいました。

 

【神主さんの話し⑤】

大昔、現在は枚方市と交野市とされる場所は交野郡と呼ばれていたらしく、牧野駅のお隣樟葉にも交野天神社(かたのあまつかみのやしろ)と呼ばれる神社あるとのこと。

 

交野天神社はお参りに行きたいと思っていた場所の一つ。

面白くなってきました。

 

嫁ぐ前は枚方市に住んでおり(実家はもっと山間部ですが)、更には1年足らずですがこの片埜神社の前の道を自転車で通勤していたことを、今回のお参りで思い出しました。

当時は、なんで駅前の一画に森のような場所があるのだろうと思いながら、ゼーゼーと坂道を漕いでいた記憶しかなく、数十年経ってまさか家族でお参りに来ようとは、昔の自分が聞いたらビックリな展開です。

 

続きます。