シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【大阪】交野天神社、継体天皇の想いを感じる

さて、参道を歩いてすぐに厳めしいお顔の狛犬さん。

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狛犬さんの裏手には樟葉中学校が見えます。

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参道を真っすぐ進むと、扁額のかかった鳥居が見えてきました。

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【交野天神社】(カタノアマツカミノヤシロ / カタノテンジンジャ)
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【手水舎】

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初めて見るタイプの鳥居です。
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木の鳥居はよく目にしますが、上部が瓦の鳥居は記憶にありません。

 

【拝殿】御祭神:光仁天皇桓武天皇の父)・天児屋根命菅原道真
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先程よりは少し年季を感じさせる狛犬さん。
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その頭上に、『樟葉宮賛歌』という歌がありました。
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歌詞の一番初めに継体天皇のお名前。

樟葉宮は継体天皇が初めて即位された土地。

 

 

拝殿右手に奥に続く道を見つけました。
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『樟葉宮旧跡、貴船神社』の張り紙。

進んでみます。
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右手に逸れる道の手前に
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末社 大神社】御祭神:天照大神(ただし、神武天皇も一緒に祀られていると表記されているサイトもあり、どちらが正しいのかは分かりません。)
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お社よりも何よりも、下の石積みがとても気になります。

厳重に二重に鎖までかけられています。

 

さて、先程の右に逸れる道を進んでいくと突き当りに階段。
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『史跡 継体天皇樟葉宮跡伝承地』の石碑。

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大阪府指定史跡 交野天神社 継体天皇樟葉宮跡伝承地 

日本書紀継体天皇元年正月甲申の条に「天皇行至樟葉宮」と見え、そこに即位せられた樟葉宮が樟葉と呼ばれたこの地域に営まれたと考えられており、交野天神社境内の東北方に当たる小高い丘にある貴船神社の付近が継体天皇樟葉宮跡と伝えられている。
村の産土神で穂掛神社とも呼ばれた貴船神社は、現交野神社社殿のあたりにあったものを樟葉宮跡とせられていた丘に移したものと伝承されている。

大阪府教育委員会

 

別の立て札

継体天皇樟葉宮跡伝承地 大阪府指定史跡

武烈天皇の死後、大連大伴金村らによって越前の三国(福井県)から迎えられた男大迫(おとど)王は、507年樟葉で即位したとされます。

このとき王の知己であった河内馬飼首荒籠(かわちのうまかいのおびとあらこ)が密使として活躍しており、即位には、北河内を本拠地とする馬飼部(うまかいべ)の大きな貢献があったと考えられます。
継体天皇は、5年後に山背国筒城(やましろのくにつつき・京田辺市付近)、12年後に弟国(おとくに・長岡京市付近)に移りましたが、大和国に入ったのは20年後のことです。 

以上は『日本書紀』によりますが、『古事記』は、樟葉宮以降については何も記していません。
樟葉官跡と伝えられるのは、枚方市指定文化財となっている貴船神社のある小丘のあたりです。
なお、関白左大臣一条実経(さねつね・1223~84)は、次の歌を詠んでいます。


くもらじな ますみの鏡 かげそふる くずはの宮の 春の夜の月(続古今和歌集)』

 

継体天皇と知己で、継体天皇の即位に大いに貢献したとある文中の『河内馬飼首荒籠』の名前が気になり調べてみました。

 

大和政権の群臣の中に、男大迹王の知人である荒籠がいた。

彼は密かに王に使者をおくり、朝廷の大臣・大連らが男大迹王を大和へ迎え入れる本意を詳細に王に説明させた。

使者は2日3晩かけて王を説得し、そのかいあって、王は大和へ向けて出発したという。

そして、荒籠に対し、「おまえがいなかったら、私は世間の笑いものにされていたことだろう。貴賤ではなく、その子心を重んじることが大切だ、というのは荒籠のような人を指していうのだろう」と感心し、践祚してから荒籠を厚く寵遇するようになったという。

【出典元:河内馬飼荒籠 - Wikipedia

 

読んで字のごとく、河内国の馬飼部(馬を飼育して大王家へ貢納する)の首長である荒籠。

当時、淀川の河川敷や河内潟に浮かぶ大小の島々には馬を飼育する牧草地があり、荒籠は樟葉牧の馬飼の首長だったようです。

そして、その馬飼部はなんと今の牧場のイメージとは全く異なる諜報機関

 

【出典元:我が国最初の諜報機関は馬飼部

 

概略は下記の通りです。

 

馬飼部から大王へ馬を貢納

大王から貴族へ馬が下賜される

その際、馬と共に馭者もまた馬飼部のところから派遣される

 

当時、上流階級の人達は馬を自分で乗るのではなくお抱えの馭者に馭させていた。

その為、馬飼部から派遣され馭者は色々な貴人の元へ派遣され、故に身近に様々な情報を得ることが出来ていたようです。

もちろん、その得た情報は首長である荒籠の元へ集約されます。

そりゃ情報機関たりえますね。

 

そして、男大迹の大王(後の継体天皇)はその諜報機関としての馬飼部としての機能を先見の明をもって察知しており、馬飼部とよしみな仲であったようです。

当時、動物の飼育をするものは下賤の者として差別されていたようで、馬飼部はまさしく馬(動物)を飼育する集団。

にもかかわらず、男大迹の大王は馬飼部のリーダー荒籠を厚遇したとあります。

いかに馬飼部が情報力に優れていたのか、身分の上下関係なく男大迹の大王は尊重し、その男大迹の大王に対して、荒籠は忠誠をもって気持ちに応えたのであろうと思います。

 

何だか胸にジーンと込み上げてくるものがあります。

 

さて、右手の石階段の先には、
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先程の立札に記載されていた【貴船(穂掛)神社】

御祭神:高龗神、第26代継体天皇
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来た道を戻ってくると、目の前には交野天神社の朱塗りが美しい本殿の姿。
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本殿のすぐ横には末社 八幡神社が並んでおり珍しい造りです。

 

拝殿横の木は勢いがあり力強く、
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気持ちの良い境内でした。

 

社務所御朱印をいただきました。
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八幡神の三つ巴紋に、十六菊花紋の朱印。

 

そしてこちらは我が家のお犬様に。
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さてお参りが済んでちょうどお昼時。

交野天神社の南に位置する鏡伝池緑地で休憩です。
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おにぎりの後はお楽しみの『みさき堂』で購入したおやつ。
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名物とされている六方焼きは私はあまり好みではなかったのですが、草餅がとっても美味しかった❤

 

さて、鏡伝池緑地ですが鏡伝池の名の通り公園内に大きな池があります。

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こちらの池では昔、水神祭祀が行われていたそうで、11世紀前半の藤原実経が「日本紀を見侍りて継体天皇を」と云う詞書を付けて続古今和歌集に歌を残しています。

 

『くもらじな 真澄の鏡影そうる 楠葉の宮の 春の夜の月』

 

ここでふと思い出しのが交野天神社の末社貴船神社

小高い丘の上にあり川、水の気配は全くありませんが、鏡伝池で水神祭祀が行われていたのであれば、全く関係がないわけでもなさそうな気がします。

 

以前お参りさせて頂いた片埜神社と、今回お参りさせて頂いた交野天神社。

【大阪】大阪城の鬼門除け、片埜(かたの)神社 - シロンプトンでパンとお参りと

 

どちらも枚方市にある神社ですが、読み方は同じ『カタノ』

この一帯は、昔々は交野郡と呼ばれていたと片埜神社の神主さんからお話しを伺い、その際に交野天神社のことを伺ったことを思い出しました。

 

何だかまとまりのない感じですが、お参りから1か月が経ってもまとまりそうにありません(^^;

備忘録としてのブログ。

これからも気の向くまま、お導きのままに(^^)