シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【大阪】筑紫津神社で『八紘一宇』を知る

さて、素戔嗚尊神社を後にどこへ向かおうかと目についた筑紫津神社。

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芥川を挟んでちょうど真向かいに位置しています。

サイクリングがてら向かってみることに。

 

【筑紫津(つくしつ)神社】

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御祭神は素戔嗚尊となるそうで、そうなると先程お参りに行った芥川を挟んでちょうど真向かいにある素戔嗚尊神社と同じ御祭神になります。

 

境内入ってすぐ、右手の池の内部に祠。
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太陽が沈む西側に向いて配されています。

朱塗りの橋、池とくれば市杵島姫命(弁財天)。
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扁額には文字の雰囲気からすると『善女龍王』と書かれているのではと思います。
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善女龍王といえば、空海さんが雨乞いで召喚された善女龍王がお祀りされている神泉苑

shironpton.hatenablog.com

 

中を覗いてい見ると、可愛い狛犬さんが側に控えていました。


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さて、鳥居まで戻るも正面には拝殿はなく、左手に東を向く形に拝殿はありました。
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垂れた耳が可愛い狛犬さん。 


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その拝殿右手に、高槻市の古木100選に選出されているクロガネモチの木。
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高槻市に古木百選なるものがあったことを今回初めて知りました。

高槻の古木

 

それにしてもこちらのクロガネモチ。

拝殿に寄り添うようなかの幹の湾曲っぷりが見事です。
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その奥には、熊野三所権現の石像。

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拝殿左手には、天照大神の石像。
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私の前にお一人お参りされているご婦人がいらっしゃったのですが、こちらの石像前で特に念入りにお参りされていました。

 

そして、こちらの木は拝殿の正面に立つ木。
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拝殿の周りに木があるのはよく見る光景ですが、真正面に木。

それも一本のみ。

幹が筒状ではなく、横に平らであるのも珍しく、拝殿からの気を受けるかのように見えました。

 

ただ、少し枯れているように見えなくもなく、それにしても勢いと力のありそうな木です。

足元は砂地で、肥えた土地とは全く無縁の様相ですが、そんな環境にあっても逞しくそびえ立つ木に畏怖の念を感じます。

 

そのすぐそばに白いお花がついている木があり、なんの花かと思いきや
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梅の花でした。
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いよいよ、寒い冬ともおさらばです。


筑紫津神社の側には公園がありました。
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さて、お参りも済んで鳥居前の道をふと見上げると『マンション八紘』の看板が目につきました。
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この流れは、先日お参りに行った西院野々宮神社で見つけた『八雲マンション』の看板と同じ。

shironpton.hatenablog.com

 

どちらも『八』の漢字。

片方は八雲から連想される素戔嗚尊

今回は素戔嗚尊がお祀りされている筑紫津神社の側で八紘の文字。

 

気になります。

調べてみたところ、『八紘一宇(はっこういちう)』という言葉を初めて知りました。

kamenoko.jp

 

上記ブログより、八紘一宇の意味を下記に抜粋します。

 

日本書紀」巻第三の神武紀で、神武天皇が大和橿原(かしはら)に都を定めた時の神勅(しんちょく)に、

「六合(くにのうち)を兼ねてもって都を開き、八紘(あめのした)をおおいて宇(いえ)と為(せ)んこと、またよからず。」

 

六合とは、「天下、世界」、

八紘とは、8つの方位から「全世界」、

宇とは「家」

をあらわす。

 

全世界を一軒の家のような状態にする

と、解釈し日本的な世界統一の原理として「八紘一宇」を造語した。

 

東洋経済ONLINEにも、下記のように記載がありました。

つまりは「世界のすみずみまでも、ひとつの家族のように仲良く暮らしていける国にしていこうではないか」という建国の理念です。

この詔を編入した日本書紀が完成したのは720年で、実に1300年以上も前に、国民を「おおみたから」と呼んで慈しみ、自分より他人を思いやる利他の精神、絆を大切にするこころや家族主義のルーツが記されていのです。

【出典元:だから私は「八紘一宇」という言葉を使った | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

 

ここにきて、初代天皇神武天皇のお名前が出てきました。

そして、八紘一宇の壮大なる意味。

 

八紘という文字から日本という国の礎が見えてきたような気がします。

下記は、上段ブログの続きですがとても心に残った箇所があり転記します。

 

善根を積むことは、見えないようでも、積善の家には必ず余慶(【意味】先祖がよい事をした報いとして(子孫に)来る吉事。)がある。

我々の行為経験は、尊いものでも悪いものでも、決してそのまま消失せず、必ず何らかの形で蓄積され残っていくものである。

誤った行為も、小さな善行も、その蓄積された経験が、後の経験を幾何級数的に増幅して行くのである。それが幼児の間はほとんどが祖先や両親の業により、子どもの頃の成績が青年になり、若い時のやり方で老後が定まり、祖先から子孫にも、町にも国にも人類にも互いに影響を及ぼし合っていく。

これが「業(ごう)行為」であり「縁起(えんぎ)」である。

知恵を磨き能力を養い、努力を傾倒して、大いに善業を積むべきである。

 

「壁に耳あり障子に目あり」

 

「天知る地知る己知る」

【意味】

他人は知るまいと思っても、天地の神々も、自分も、それをするあなたも知っている。悪事は必ずいつかは露見するものだということ。

四知。

 

「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にしてもらさずにして漏らさず」

【意味】

《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。

 

運は毛の生えた球だという。

それは風に乗って飛んで走っている。

誰の前でも毎日、いろいろ大小さまざまな運が走っている

つかもうと思っても、つるりとすべる。

ただ業にかなった運だけがその大きさの業を備えた人の前で(縁)「ピタリ」と止まるの(運)である。

好運は善業の前に留まり、悪運は悪業の上に留まる。

人間の運命を決定するのは、その人間の「業」以外の何ものでもない。

 

ついつい目先の結果ばかりに囚われてしまいがちになりますが、目先の己のことだけに固執、執着せず、全体を見ること。

 

個の塊が全。

 

一つ一つの細胞が固まって人を形作るのと同じで、どういった細胞(個)で人(全)は成り立つのか。

 

個人個人の行いがとても大切なような気がします。

 

さて、数日に渡って土地に導かれるような流れてなった高槻でのお参り。

 

お次は、息子のサイクリングで気になった神社へお参りです。

場所は京都。

 

素晴らしい木との出会いです☆