シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【奈良/奈良市】【鎮魂】大和水分神社の一社、都祁水分神社で感じた日本の原風景

先程の都祁山口神社の田園風景と同様、令和の米騒動が嘘かのような見渡す限りの水田。

そんな水田の中に、遠目から見てもすぐに分かる鎮守の杜。

 

【都祁水分神社】

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都祁山口神社の参道もそれはそれは素晴らしかったのですが、同じく都祁地方にあるこちらの水分神社の参道も素晴らしかった。

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都祁山口神社の参道は短く、水気を感じる境内。

変わってこちらの都祁水分神社の参道は長く、そしてとても陽気です。

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狛犬さん達も何だか陽気に感じ、どこもかしこも清々しい境内。


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御祭神は祓戸四神の一柱、速秋津彦神。

とその御子の天水分神と国水分神。

因みに、母神は同じく祓戸四神の速秋津比売神になるようです。

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御神木のそばに白龍大神の石碑があり、水の神様ということでしょうね。
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拝殿から振り返った参道。
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都祁水分神社は、大和国水分四社の一つにあたるそうで、残る三社は宇陀、吉野、葛城に御鎮座されているとのこと。

 

吉野水分神社は以前参拝したことがあり、もう3年も前になること驚きつつもこうしてブログとして残しておいてよかったと思います。

shironpton.hatenablog.com

 

その当時、自分が何を考えどうしたいと思っていたのか。

そこから今の自分はどうなっているのか。

備忘録として始めたブログですが、今では間違いなく私の大切な一部です。

 

宇陀と葛城の水分神社にはいずれ参拝に伺おうと、今この写真を見て思いました。
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都祁水分神社の鳥居を出たすぐの景色。

この水田を見て水分神社の神様方に感謝を伝えない理由はありません。

 

水が豊かな国日本。

この豊かな国を万世一系の元、皇紀2685年まで繋いで下さっていることは諸外国がそうではないことからもそれは奇跡に近く、これは日本人の国民性によるもの。

 

日本人が先祖代々、大切にしてきた国土日本。

それにしても何故ここまで私は日本のことが気になるのだろうかと。

それには、間違いなくここ最近の日本政府のドタバタ振りが大きな要因。

そんな中で私自身に大きな気付きがありました。

 

自分の分身のように大事だと思っていた正社員の仕事を8年前に辞め、それから私は気になることをひたすら追い求めてきました。

『合理的』の看板を背負って歩いているかのような当時の私は全ての行動に理由が必要で、根拠のないものは無駄。

そんな私が理由もわからず当初は怪しいと思っていたエネルギーワークを習うようになり、いつかは自分で着てみたいと思っていた着物を着るようになりました。

そして今では私の一部と化している寺社仏閣への参拝。

在職時は汗をかくことを殊の外嫌っていたにも関わらず、今では汗も気にせず参拝に出かけるように。

 

全くもって意味が分からないこの数年間。

何の為にこんなことをしているのか分からなかったこの数年間。

点と点が線になりつつも、ただ大枠の線が全く見えてこなかったこの数年間。

 

やっと大きな答えが分かりました。

 

私はこの大好きな日本が汚されることが本当に許しがたく、それは精神性も言わずもがな。

 

物心がついたころから、悪いことが正されない世の中に対していつも怒っていました。

川にゴミが落ちて入れば、ゴメンナサイと川に謝ってゴミを拾い、理不尽に殺される虫を見ては泣いてお墓をつくるような子供でした。

 

なんでこんなに正しくないことが当たり前の世の中なんだろう。

なんで当たり前に良いと思うことが出来ない世の中なんだろう。

 

ずっとずっと憤り、時には悲しみ、いつかこんな世の中を変えたいと願うような子供でした。

それが、年を取るにつれ、『仕方がない』『どうせゴミを拾っても一緒』『やっても一緒ならほうっておいたら良い』と、見て見ぬふりをし、世の中の違和感に蓋をして自分と自分の家族だけの為に生きてきました。

 

自分さえよければいい。

自分の家族さえよければいい。

 

ただ、今日本がどうしようもない危機的な状況に陥ってしまったことにさすがにもう見て見ぬふりは出来ず、どうしようもないと諦めることを辞める決心をしました。

 

私は私が住む日本の為に生きたいということです。

それが分かった途端、一人大泣きしていました。

 

私がこの何年間も続けていたことは、日本を知ること。

日本の精神を知ること。

日本人の魂を思い出すこと。

 

私の参拝、祈りは鎮魂です。