シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【福井/吉田郡永平寺町】【御先祖供養】主人のルーツ永平寺 その1

・ネットで購入した品物のお店の店名に永平寺の文字を目にする

・主人が会社で普段話さない方との会話から永平寺の参拝話しを聞く

・私が8月の新潟の帰り道に永平寺の道路標識を見る

 

8月から立て続けに永平寺のサインが入り、3回続けばもうこれは即動かねばなりません。9月初旬に急遽主人と永平寺へと参拝に伺うことにしました。

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20年数年ほど前だったかと思うのですが、中学校時代に仲の良かった友達5人でバスツアーに参加し行き先は福井県。

東尋坊と確か永平寺でおそばを食べたような記憶があるのですが、もう全く記憶になく(^^;

ただ、何だか薄暗い大広間でみんなでおそばを食べたことだけは覚えています(笑)

あの大広間が永平寺だったのであれば、それ以来ぶり。

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参道の右側には観音様がおられ、清々しい空気と観音様の存在に心が洗われるようでした。
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今回永平寺への参拝へと繋がったのは、今年の春先に主人ルーツを辿る度で四国へと渡り、その際家系の宗派の間違い気付いたことが発端だと感じています。

shironpton.hatenablog.com

 

仏殿と後ろの建物は大庫院。
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仏殿から眼下に見える中雀門、そして山門。

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【仏殿】
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中央には曹洞宗の御本尊であるお釈迦様が祀られており、向かって右側の仏像が過去、中心のお釈迦様が現在、そして一番左の仏像が未来を現わしている仏像になるそうです。

 

仏殿から左手に渡り廊下を通り、承陽殿へと向かう間に白山連峰の湧水の白山水が流れていました。
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渡り廊下に沿って流れている川が白山水のようです。
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白山水は毎朝道元禅師のお霊前にお供えされているようで、我が家も毎朝お水をお供えしていますが亡くなって尚、身体はなくともこうして弔い続けることは生きている人々が続けていかなければならないことのように思います。

今はあまりにも目に見えるものを重要視しており、見えないものへの感謝が絶対的に不足しているように感じます。

 

承陽殿は曹洞宗の開祖である道元禅師の御霊骨や御尊像を安置されていることから最も神聖な場所とされており、写真は不可でした。

因みに承陽殿の表門は「承陽門」と称され、明治天皇から贈られた諡号「高祖承陽大師」に由来しているとのことで、改めて明治天皇の霊格の高さを感じました。

 

承陽殿の写真がない為、承陽殿前の景色を。
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さてここから来た道を戻り中央に位置する仏堂でご挨拶をさせていただき、お次は右のエリアへ。

大庫院から真向かいに見えるは僧堂。修行をされている僧侶の方々が座禅や食事、就寝などをされるお堂になります、f:id:roy-7303-pkbs:20260916084103j:image

大庫院から見た仏殿。
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大庫院には大庫院の精密な模型図があり、地下1階地上4階からなる巨大な建物だということが分かりました。f:id:roy-7303-pkbs:20260916084134j:image

目に見える部分だけが全てではないですね。

大庫院では食事を司る典座寮を始め、永平寺の中枢機関的な部署が集まっているようです。

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そしてこちらの建物にはまさかのエレベーターがあり、昭和5年(1930年)の改築時に設置された日本最古クラス!現在も稼働しているようです。
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さてそのまま渡り廊下を下って左手に見えてきたのは松平家の廟所。

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旧福井藩主である越前松平家の廟所であり、一般には非公開。
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永平寺の境内は渡り廊下で全ての建物が繋がっており、どこを見ても清らかで美しく何よりもお山からの水が至る所に流れており、とても清々しい空間です。
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こちらの急な階段は山門へ上がる為のもので参拝者は立ち入り禁止でした。
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山門の両側には仏教の守護神である四天王が安置されていました。

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その山門前から見える中雀門。
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山門から中雀門、そして後方に見えるは先程通った大庫院。

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左手に祠が見えます。
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ズーム!

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三宝大荒神と読め、竈の神で火の神ですね。

 

中雀門向かって右手側にも祠が。

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弁財尊天と読め水の神様。

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火と水で神。

このように中雀門を中心に左右にお祀りされておりました。

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中雀門と反対側には山門か伸びる石畳沿いに鐘楼が見え、どこを撮っても絵になる美しさ。
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山門から渡り廊下を歩いていると何やら声が聞こえ、声の聞こえる方へと進むと祠堂殿へ辿り着きました。

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祠堂殿ではちょうどご供養の為のお経が始まり、ありがたいことにお堂の中に入らせていただけるとのことで、最後の御説法まで拝聴しました。
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祠堂殿から見える納経塔。
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祠堂殿でお経を聞いている間、やっと主人側の御先祖様の悲願がかなったような感覚がありました。

プライベートなこと故に詳細は伏せますが、先祖代々の菩提寺の宗派とお墓の宗派が異なることを春先の四国の旅で気付き、私が気付いてしまった以上そのままにする訳もなく、徹底的に調べた結果主人の御先祖様の宗派が曹洞宗であることが分かりました。

戒名、仏壇そして菩提寺、はたまた連絡の途絶えている四国の親族のお嫁さんの所在を見つけ現地に赴き(親族のお嫁さんであることから分かる通り、主人とは全く血のつながりもない他人です(^^;)、後日動かぬ証拠を揃えて勘違いの張本人である親族の元へと話しに行くのですが、衝撃の返しがこちら。

『もう間違えてしまったものは仕方がない。お墓も戒名もこのままにしておく』と。

 

まーじーでーすーかー。

ですよ、本当に。

主人は次男の為、分家となり初代とはなりますが、それでも宗派を変えるだなんて発想はどこにもありません。

それはこの10年強、神社仏閣への参拝を続けていく中で神仏や御先祖様などの目に見えない存在の方々を知るにつれ、こちら側がきちんとしなければあちら側でも大変な事になることが嫌というほど分かったからでもあります。

 

『間違えたけれど今まで問題がない』

『変更するにはお金がかかるから』

 

などの人間事はあちらの方々には関係がありません。

気付いた時点で修正が必要であれば修正すればよいだけの事。

それを人間事で修正しないと言うのです。

 

まぁ、私は次男嫁の立場ですので決定権はありませんが、気付いたにも関わらずそのままでいくとは、もう開いた口が塞がらないとはこのことです。

 

そんな事が今年の春にあった流れでの曹洞宗の総本山である永平寺からのサインとあっては、人間事で9月のお彼岸の時期にずらしたいだとかの思考はよぎりはしたのですが、とっとと参拝に来なさいのサインということでの今回の参拝。

帰ってからも色々とありました。

 

次の投稿はいつになるのやらですが(現実世界が忙し過ぎる!)つづきます。

【兵庫/加西市】【西国三十三所・7】第二十六番札所 法華山 一乗寺

さて、魚吹八幡神社をあとに兵庫県を北上し向かった先は西国三十三所 第二十六番札所の法華山 天台宗 一乗寺。

 

【一乗寺】

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境内に入って早々長い階段。
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階段の中腹で見えてきたのは【常行堂】
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階段はまだまだ続きます。
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お次は【三重塔】
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階段を上りながら見た三重塔はまた違った趣きで、平安時代の建物が令和の時代にこうして目にすることが出来ることに改めて日本の歴史を感じます。

調べたところ、一乗寺は中世近世時代には何度も火災に遭い、本堂は初代姫路藩主の本多忠政の寄進により寛永5年(1628年)に再建されたとのことで、全てが当時のまま残っているわけではないようです。

 

ここでふと気になったのが本多忠政の名前。

もしやと思い調べたところ、一乗寺と同じ播磨の書写山に本多家廟家があり、そちらも忠正公が建立されており、相当な御先祖供養と国の為に施しをされてきた方のように感じます。

 

家運を興すには先祖供養が一番大事であると今年四国で参拝した大洲神社の宮司さんから伺いました。

shironpton.hatenablog.com

 

立派な家に住み高級車に乗る前に、御先祖供養に1本は出したほうが良いと。

順序が逆は家運が衰退すると仰っていました。

 

そもそも自分が良い暮らしを出来ているのは、それでまで徳分を積んで下さった御先祖様あっての事。目に見えなくともずっと続いているのです。

それをあたかも自身で全ての富を得ようとすれば、徳分は減る一方。次に繋ぐ為に自分自身で徳を積まなければなりません。

私が今こうして様々な勉強が出来るのも、それらを望んでおられる後ろの方々がおり、それを繋いでいく為だからです。

それを自分自身だけの学びにしてここで終わらせてしまっては、御先祖様の徳分を食い潰すことになりかねません。

家や車のようなモノではありませんが、知識も同じ。

こうして勉強して吸収できる知識欲と記憶力は私だけのものではありません。

必ず次へと繋いでいきます。


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本堂の廊下からみた【鐘楼】
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本堂前の御法堂、妙見堂、弁天堂、行者堂は工事中の為参拝出来ずでした。
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そして肝心要の本堂の写真はどうやら取り忘れていたようです。

御本尊は聖観世音菩薩。御真言はオン アロリキャ ソワカ。

お堂内の写真撮影は不可でした。

 

本堂から舗装された道を歩いて奥の院へと向かいます。
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【開山堂】
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石が大量に積み上げられており、私には少し怖い感じがしました。

ここから更に奥へと進みます。
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【賽の河原】

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ちょっと写真がおかしなことになっていますね。

 

賽の河原について調べてみました。

 

・三途の川のほとりや手前にあるとされる荒涼としたあの世の河原

 

・親より先に亡くなった子は親不孝とされ、現世の親を供養するために小石を積んで仏塔を作ろうとするも完成間近になると鬼が現れて石の塔を崩し、子どもたちは終わりのない苦しみを繰り返す。

 

・苦しむ子どもたちの前に地蔵菩薩が現れ、救い守ってくれるという信仰(地蔵信仰)に結びついていく

 

先程開山堂で目にした光景は、賽の河原まで来れない方々が積み上げられたものなのかもしれません。

日本各地に「賽の河原」と呼ばれる場所はたくさんあるようです。

 

積み上げられた小石のすぐそばには水量は少ないものの小川があり、三途の川に見立てられているのでしょう。
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少し気になった石柱。
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石碑に刻まれている「三界萬霊有無無縁(さんがいばんれい うえんむえん)」とは仏教用語のようです。

欲界・色界・無色界のあらゆる世界に生きる全ての命と、自分に縁がある霊も縁がない霊もすべてを対象として、平等に供養・慰霊するという意味になるようで、私がこれから心血を注いでいきたいことです。
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【放生池】
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【太子堂】
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太子堂のそばには、一乗寺の歴代住職の方々の御墓がありました。
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一乗寺の開祖は法道仙人。

鉄の鉢を飛ばしてお布施を集めたという伝説から、空鉢仙人とも呼ばれているようで、この人間離れした逸話を見るたびに役行者様が思い浮かびます。

 

法道仙人はインドから紫雲に乗って播磨地方に多くの寺院を開創された方で、西国三十三所の清水寺の開祖でもあります。

shironpton.hatenablog.com

 

更にここ一乗寺は中世に真言律宗が山内に併設され、真言律宗宗祖の叡尊(興正菩薩)が播磨国での布教活動の拠点とした他、真言律宗出身の真言僧で後醍醐天皇の腹心だった文観房弘真が仏門に入ったお寺でもあったようで、まさかここにきて後醍醐天皇のお名前が出てきました。

 

これも何かのタイミングでしょうか。

後醍醐天皇の法要が明日、吉野にある如意輪寺にて執り行われます。

そして、私の兄の命日でもあります。

 

私は明日、これも面白いことに楠木正成公とご縁のある土地におり、今この時代にこうして後醍醐天皇と楠木正成公の気配を感じることが出来、ご縁をいただけている事が本当にありがたく。

なかなかブログにする時間がありませんでしたが、後醍醐天皇命日の前日にこうして気付きをいただけることに、改めて感謝の気持ちを捧げたいと思います。

 

いつもありがとうございます。

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【兵庫/姫路市】魂の里帰り 魚吹八幡神社

ブログの題名を入れ、前回の参拝記録をとブログを検索したところビックリしたことに全く同じ題名でした(笑)

shironpton.hatenablog.com

それだけに私の魂にとってはとても大切な神社なのだと思います。

 

【魚吹八幡神社】

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塀で囲まれた魚吹八幡さんを初めて見た時は本当に驚きました。

小さい頃の記憶が無い為、勝手に小さな神社だろうと思っていたのですがメチャクチャ立派な神社です。

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車は楼門を通ってこちらの境内に停めるのですが、こんな立派な境内に停めて良いのかと何度来ても慣れません(笑)

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2年後には御鎮座1,700年というのですから、本当に古くからこの地を護って来られ氏子さん達もそれに応えられるかのように毎年盛大な秋の大祭を執り行われています。

私は一度もお祭りには参加したことはありませんが、令和10年の1,700年の節目のお祭りには是非行ってみたい。

 

先日ある方から、『神々は人がお祀りをすることを待ち望んでおられる』と聞きました。実際私が長く住んだ実家の氏神様は毎年10月18日と19日に秋まつりが開催され、その日は地域一帯がとても賑やかだったことを覚えています。

ただ、年々住む人達の事情が変わってきたようで、今では10月の第〇土曜日と日曜日の開催になったと耳にしました。

確かに人間都合であれば、土日開催の方が仕事が休みで準備がしやすいだとか、お祭りにも行きやすいだとかがあるのでしょうが、そうなると主旨が変わってきてしまいます。

 

誰の為のお祭りなのか。

が抜け落ちてしまっています。

とは言え、実際は人間が取り仕切るお祭りですので、様々な都合上人間事情になってしまうのは致し方ないのかなと思います。f:id:roy-7303-pkbs:20260817104810j:image

そう言えば、魚吹八幡神社さんへ参拝に伺う前に近くのスーパーで奉納用のお酒を購入した際、こちらの龍力のお酒を目にし、それ以前にもここ最近よく目にするお酒です。
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調べてみると私の生誕地である姫路市網干区のお酒だそう。それも一時期は姿を消してしまった神力という兵庫県の在来種のお米から作られているお酒とのこと。

これは一度飲んでみなければなりません。

 

御本殿の真後ろ。
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の真正面にある摂社【敷島神社】
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国常立尊、別雷神、伊弉諾尊、伊弉冉尊様が御祭神で、とてもお世話になっている神様ばかりです。
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この日は8月上旬だったのですが、私の住んでいる高槻付近で今まで体感したことの無いような雷鳴が轟く夜があり、別雷神様のお働きが浮かびました。

別雷神様は上賀茂神社の御祭神。先日参拝した下鴨神社はその母君であられる玉依媛命と祖父である賀茂建角身命様が御祭神です。

 

【松尾神社】f:id:roy-7303-pkbs:20260817104921j:image
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松尾大社も7月末に参拝に伺ったばかり。

shironpton.hatenablog.com

 

【招魂社】
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日本国を護って下さった方々の事を思うと、泣けて泣けて仕方ありません。

戦後骨抜きになってしまった日本ですが、このまま指をくわえて沈没するのを眺めている訳にはいきません。今の私に出来る事は微々たることですが、それでも何もしないよりはましです。

出来る事を続けていきます。参拝もそのうちの一つ。

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【三神社】f:id:roy-7303-pkbs:20260817104859j:image

神武天皇、崇神天皇、瓊瓊杵尊様がお祀りされています。
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今調べていて初めて知りましたが、神武天皇と崇神天皇はどちらも日本を初めて治めた王を意味する「ハツクニシラススメラミコト」と称えられているようで、同一人物とする説もあるようです。

 

【金比羅神社】f:id:roy-7303-pkbs:20260817104825j:image
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金比羅さんには第一子の長女がまだお腹にいる時に、どういったいきさつかは忘れましたが参拝に伺ったことがあり、当時まさかあんな長い石階段があったとは知らず登り終えて見事に翌日から坐骨神経痛になりました。。。

アクシデントがあった出来事の方が良く覚えています(^^;
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左手に御本殿後方、右手に今までの摂社が並んでいます。
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少し外れた場所にも摂社があり、水はありませんが橋が架かっています。
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【厳島神社】
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今更ですが、私は幼少期の頃から沢山の神様に守られ育ってきたことを感じました。

そして、ありがたいことに境内摂社の神々様の神社へは意図せずして全て参拝させていただいていたこと今回気付きました。

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こちらは敷島神社の近くにある鐘つき堂。

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拝殿の右手に社務所があり、秋の大祭に使用されていた豪華絢爛な屋台(やったい・山車)を見学できるとのことでそばで見てきました。

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魚吹八幡神社さんの秋の大祭では、屋台とだんじりが奉納されるようで屋台で重さ1.5トン、だんじりに至っては重さ3.5トンにもなるようで、宵宮まであるとても壮大なお祭りのようです。

魚吹八幡神社さんの氏子数は播州一だそうで、お祭りの盛り上がり方も想像するだけで楽しそうで、何よりも神さまがとても喜ばれるだろうなと思います。

やはり2年後の1,700年の大祭には何としてでも行きたい。 

 

こちらはそんな屋台が展示されていた会館に掲示されていた絵。

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咄嗟に浮かんだのは奈良県にある龍田大社さんに飾られた絵と、奈良県橿原市にある今西家に飾られた置物。

shironpton.hatenablog.com


何の絵なのでしょうか。

 

今回初めて社務所でお下がりの塩をいただきました。

残り一袋で残り福。
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名残惜しみつつも、ご挨拶に伺い心新たになりました。
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ここからは兵庫県にある西国三十三所 第二十六番札所の一乗寺へと向かいます。
この半年でずいぶんと運転が出来るようになったとは言いつつも、やはり遠出は主人頼み。ありがたいことです。

 

つづきます。

 

【新潟/長岡市】弥彦神社で感じた石上神宮との御神縁

まさか私の人生で新潟を訪れる日が来ようとは。

そして、まさかその先でいつかは参拝に伺えたらと思っていた場所に参拝に伺えるとは。

こんな奇跡的な参拝に改めて御神縁を感じずにはおられません。

 

【弥彦神社】
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今回ある方々と一緒に新潟へと同行させていただける機会に恵まれ、参拝は全く予定には入ってはいなかったのですが、お邪魔させていただいた先で弥彦神社さんへの参拝をご提案いただきました。

当初は弥彦神社さんのお名前を聞いてもピンときていなかったのですが、車窓から見えてきた大きな鳥居を見て『もしやあの弥彦神社さんなのでは!』と。

そしてありがたいことに、もしやが本当になり弥彦神社さんへの参拝が叶いました。

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越後国一宮である弥彦神社の御祭神は、石上神宮の御祭神である饒速日命の御子息である天香山命。

そもそも私が弥彦神社を知ったのは、『鎮魂』『1122』の数字、そして石上神宮の鎮魂祭の存在を知り、その鎮魂祭は島根県の物部神社と新潟県の弥彦神社でも執り行われているということを数年前に知ったことが始まりです。

ただ、あまりにも東北は遠く島根県はいつか行けるだろうと思っていましたが、まさかの先に新潟県で参拝させていただけることになりました。

それも今回同行させて下さった方々の御神縁によるものが大きいと感じています。

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どれだけ願ったとて縁ばかりは自分だけではどうしようもなく、スーパーの陳列棚に商品として売られていればお金で買うことも出来ますが、ご縁はそうもいきません。

御神縁を繋いでいただけているうちは、お金や時間を言い訳にせず動けるだけ動いて次に繋げていきたいと、今回の参拝で改めて思いました。
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写真左上方に小さいですが奥社が見えます。ズームアップ。

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あまり時間が無い中での参拝だった為、写真を撮る余裕もそして御朱印をいただけるような時間もありませんでしたが、拝殿前に立ったときのあの爽快感は今でも覚えています。

参拝の目的は写真を撮ることでも御朱印でもありません。

その土地の訪れ体感し、調べ気付きを深める事。

そして私の場合であればその土地のスイッチを押し、後方の方々の想いを昇華し次の土地へと繋いでいくこと。

 

たまに社務所付近で『御朱印は参拝後にお受け下さい』と記載された掲示を見かけますが、まさにこの掲示に凝縮されています。

そもそも参拝の目的は何なのか。

 

自身の欲を叶える場なのか。

スタンプラリーが目的なのか。

限定の授与品をいただくことが目的なのか。

 

これらはあくまで二次的な事であって、本来は祈りの場です。

自我を越え日本全体、地球全体、宇宙全体の調和を神々と我々人間が共同創造する為に御神縁を結ぶ場です。

 

寺社仏閣への参拝時に、今までこれと言って自分の願い事をすることはありませんでしたが、理由はそこにあることが後になって分かりました。

頭で考えれば、○○の御利益があるから祈るとなるのでしょうがどうもしっくりこず。気付けばいつも手を合わせるのみ。それで良いのだと思います。

 

弥彦神社に参拝される際は、是非末社の祓戸社へ参拝されてから拝殿へ進まれることをお勧めします。

更に更に今回私は登拝が叶いませんでしたが、弥彦神社の御本殿後方にそびえ立つ弥彦山の山頂には奥社があり、8合目付近まではロープウェイで登れるようです。

1合目からの登拝も可能で片道2時間ほどで登れるようです。

欲を言えば色々とありますが、そのを土地を訪れるご縁をいただけそして参拝までさせていただけたことに感謝です。

【京都/福知山市】眞名井神社のお水と元伊勢三社巡り

今回は眞名井神社へのお水取りと、元伊勢三社巡りへの同行です。

ありがたいことに7月の末から神社参拝へ同行させていただけることになり、私のお役目はその時に感じたことを伝え、そして今までの参拝で得た知識をお伝えすることだと感じています。

そんな訳で写真を撮る余裕がなく、眞名井神社さんの写真は一枚もありません。

代わりと言っては何ですが、6年前に家族で参拝した時のブログはこちらです。

shironpton.hatenablog.com

 

眞名井神社の境内では、人祓いが起きたように参拝中も水汲み中も並ぶことなくスムーズに進み、ただ私達の後から水汲みの行列が出来ていました。

ここから元伊勢三社巡りへとまずは元伊勢内宮へ、そこから歩いて天岩戸神社へと向かうルートへ。

元伊勢内宮の写真はありませんが、ここでは酒吞童子のお話しをさせていただきました。

shironpton.hatenablog.com

 

酒吞童子は元伊勢内宮の後方にそびえる大山に住んでいたとされる鬼。

大酒飲みで人をさらったという説もあれば、気さくで陽気な鬼だった云う話しもあったりで果たして何が本当なのかは分かりませんが、一つ確かな事は当時の朝廷に成敗されたということ。

朝廷から見れば悪を成敗したことになるのですが、もしも酒呑童子とされる鬼が先住民であったならば、先住民に対しての侵略へと真反対の出来事に早変わり。

西欧諸国が先住民であるインディアンをだまし土地を奪ったように、歴史はその当時の勝者によって都合の良いように書き換えられてしまいます。

葛城の土蜘蛛も然り、今年参拝に伺った桃太郎伝説の吉備津神社でも同様の事を感じました。

shironpton.hatenablog.com

 

鬼とは果たして本当に鬼だったのか?

 

そんな話しをしながら歩いて天岩戸神社へと歩いていくと、道中にピラミッドのようなお山が見えてきます。

お山を望むように設けられた日室ヶ岳遥拝所。誰いなかったことから、一人づづ思い思いに参拝させていただきました。

 

【天岩戸神社】

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その後方にある池。
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池側から見るとよく分かるのですが、なかなかな絶壁にお社が祀られています。
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5年前にここで家族四人でおにぎりを食べたことは今となっては良い思い出です。
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誰もおらずまさに人払い。

そんな中、気付けば撮られていました(笑)

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shironpton.hatenablog.com

 

さて残すところはあと一社。

元伊勢内宮から車で10分もかからない場所にある元伊勢外宮へと向かいます。

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今回境内の摂社で気になったのがこちらのお社。

【龜原神社】
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調べてみたところ、元伊勢外宮の社家(代々神社に仕える家系)の氏神として祀られているようです。

それにしても『龜』をPCで『かめ』と打てば簡単に文字変換できることに驚いています。

フォークのような箇所がまるで亀の手足のようで象形文字を思い起こさせ、良く出来た文字だなぁと。

 

外宮の御本殿前でお参りさせていただいた際、今まで全く鳴らなかった風鈴が一斉に鳴り出し、朝から丸一日の参拝のお役目を果たしたような感じがしました。
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さて翌週は新潟です。

こちらもありがたいご縁で同行させていただけることになりました。

どこでどんなご縁に繋がるかは私には到底分かるはずもなく、ただその都度いただけるご縁にお金や時間を言い訳にせず、躊躇せず飛び込める状態でありたいと思います。

それはきっと後ろの方々の望みだと感じるからです。

 

自我は私が生きてきた癖。

自我は私の本当の望みではなく、変わりたくないという執着。

やっと後ろの方々との連携が取れてきた感じがします。

後ろの方々からすると、『メチャクチャ待ったけどな・・・。』とため息をつかれていそうですが(^^;

毎回一つの事を乗り越えるたびに、やっとスタートラインに立てたと思うのですがイヤイヤまだまだスタートラインにすら立てていないということが、階段を一つ上がる毎に痛感します。

それでも停滞しているよりは良いでしょう。思考停止は本当に楽で、隙あらばと戻ろうとする自分もいましたが、もうそれも疲れ果ててそして何よりも自分を生きていない気がして、先日ある方から頂いた言葉でもう頑張らずに今の私で突き抜けようと決心しました。

 

『もっと良い状態でスタートしたい』

『完璧になるまで』

と、ずいぶんと自分で勝手にハードルを上げて、自分に自信が持てずに逃げ回っていましたが、もうそれはやめにしようと思います。

今の自分を必要としてくれる人に、今の私が出来る精一杯の事でお応えする以外私には方法がなく、出来ない方法を模索して疲弊し、自己卑下する負の循環に意味が無いことがようやく分かりました。

 

私は心身と場の整えが得意です。

下記でピンときたものがあればご連絡お待ちしております。

・レイキで心身を整える
・四柱推命で自分自身の本質を知る
・掃除・片付け・浄化で場を整える
・御先祖供養で家系の因縁を整える

【奈良/吉野郡】金峯山寺 脳天大神での滝業、そして丹生川上神社中社

お久し振りの金峯山寺。

その手前にお祀りされている

【後醍醐天皇導稲荷大神】

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前回は主人と一緒に参拝させていただきましたが、家族全員での参拝はもう4年も前になるようです。

shironpton.hatenablog.com

 

今回はご縁あっての方々と、1泊2日の吉野での自分自身の水業での禊ぎで伺いました。

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金峯山寺の本堂へと足を踏み入れた途端、ちょうど護摩行が始まり参列されている方々の中に今回ご一緒させていただく人達がおられました。

今まで何度か金峯山寺には参拝に伺っていますが、太鼓の音が聞こえたり御祈祷が始まったことはあっても護摩行が始まったのは初めて。

その訳は、今回ご一緒させていただいた方のお一人がとても役行者様とご縁の深い方がおられたからでした。

その後も、計らずとも夕方のお勤めにも参加させていただける流れになり一緒にお経を唱えさせていただけることに。

御神縁をまざまざと感じた一日でした。

 

日中は脳天大神さんでの滝行を体験させていただき、この日の為に準備した白装束に身を包み、8月上旬の暑さと金峯山寺からの下りの450段の階段で火照った身体にはちょうど良いだろうといざ滝業に望みましたが、これが本当に冷たくて気持ち良いどころか身体が芯から冷える寒さでした。

脳天大神さんへは以前家族と一緒に参拝に伺っており、その際は娘の高校受験を翌年に控えていましたが、今年は来年に娘と息子のダブル受験を控えており年月が過ぎる早さに今更ながら驚いています。

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滝行の翌日は丹生川上神社中社さんへ皆さんと一緒に正式参拝。
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参拝後は丹生川上神社中社さんの目の前を流れる高見川で川遊び。

前日に宿泊した宿のオーナーさんと出発前に2人で話す機会があり、気付けば仕事の話しに。

私が10年前までは市内で働く普通の会社員であったこと、そこからなぜこのような真逆な生き方になったのかをかいつまんで話すと、オーナーさんは高見川がご自身の転換期になったとおっしゃっていました。

コロナ禍で業務の見直しが入り、歯車がうまく嚙み合わなかったこと。

管理職だったことから心身共にギリギリだったこと。

それでも現実は待ってはくれず、そんな中で何年も使われていなかったお母様の実家へと赴き、目の前に流れる高見川に足をつけた途端『ここで生活をしたい!』と強く感じられたのだそう。

そこからは、高見川からの御導きかのようにどんどん奇跡が起こり今は吉野と二拠点で生活されていると聞きました。

高見川の神様である龍神様と想いが一緒になられ、現実を創造されたのだと感じました。

 

人がどんどん都会へと出ていき、活気のなくなった里は山も川も簡単に荒れてしまいます。

 

そこに人がいるからこそ、里山は機能し自然も暴走することなく調和へと繋がります。

ただ、戦後の日本の状況からすると人が入ることが全てが良い方向に行くわけではないことは今の社会を見れば一目瞭然ですが、それでも自然神と心を共に出来る人間であればそんな事象が起こらないことは、今回のお宿とオーナーさんを見ればすぐに分かります。

 

帰りに宇陀の道の駅で初めて見る大和当帰のジェラートを食べました。
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今ご縁あって学ばさせていただいている方から、大和当帰は奈良県を中心に栽培されているセリ科の多年草ということを教えていただきました。

乾燥させた根は生薬として漢方薬に使われているのだそう。

スーパーフードのジェラートを旅の終わりに食べ、ありがたいことに道の駅には後方の温泉施設からひかれている足湯もあったことからゆっくりと疲れを癒すことが出来ました。

 

1泊2日の水業の旅は色々ありましたが、確実に御魂磨きの旅となりました。

さてここから怒涛の8月の参拝が始まります。

予期せぬことだらけ。

全てゴールを決めて逆算し計画順守を至高としている私とは真反対の現実です(笑)

でも目の前に来たからにはやらねばなりません。

それは、いくら私の自我が否定しようとも私の魂と後ろに付いて下さっている方々が待ち望んでおられることだからです。

 

私は私であって私でない。

私は私(自我)だけの存在ではない。

 

日々起こることは学びの連続です。

【大阪/高槻市】白山神社で決意表明

ある方から繋いでいただいたありがたいご縁でお久し振りの参拝。

【白山神社】

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天保10年は西暦 1839年にあたり江戸時代後期。

もう200年近くもこの地に御鎮座されております。

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こちらの拝殿でご挨拶をしようと思ったのですが、少し違和感。

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そう言えばと後ろに回ってみるとありました!

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前回の参拝時にも後方の御本殿に気付き、こちらでお参りさせていただきました

shironpton.hatenablog.com

 

今回はお伝えしたい事があり、お酒も一緒に奉納させていただきました。

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前回も気になりましたが、本来であれば扁額が掲げられているであろう箇所にこちらの獅子のような彫り物。
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ご縁あって新しく教えていただいた祝詞を奏上し、誰もいないことから結構な声量で上げさせていただきました。

私の声は倍音が出ているとある方から言われ、とっても音痴な私としたら人前で祝詞やお経を唱えるだなんてとんでもない事なのですが、そんな私でもちゃんと唱えられているのだと教えていただけたようで、相変わらず人前で唱えるのは得意ではありませんが舞の奉納時にも感じた、誰かに見せる・聞かせるのではなく、神様へ奉納させていただく気持ちであればそこに羞恥心はありません。

今住まう土地でお役に立つことができるよう、言上げさせていただき自然と涙が。

 

こちらは本殿より奥にあるお社。

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ずいぶんと古いようで先程の拝殿と本殿に比べるとあまり人の手が入っていないように感じます。f:id:roy-7303-pkbs:20260817104248j:image

前回の参拝時にも気になったこちらの石。石の前面に『御酒壺』と刻まれており、奇しくも今回は手元にお酒がある状態。

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果たしてこれで合っているのかは分かりませんが、水無瀬神宮で汲んだお水も手元にあったことから、お酒とお水を注いでみました。
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喜んでいただけていると嬉しい。

 

ここからは前回参拝時の記憶を辿ってみると、やはりありました!
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ズラリと並ぶ道祖神のような御姿。
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何とも愛らしい姿に思わず笑顔になるのですが、その笑顔がひきつるくらいの蚊の数!

普段あまり蚊に噛まれることはないのですが、久々の人間に狂喜乱舞しているのか大量の蚊が群がり、どうにかお地蔵様の御真言を唱えて退散。

その際どこからともなく黒トンボでしょうか、私のそばに来てずっと羽根をゆらゆらとはためかせる姿はさながら舞のようでした。
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こちらの木のそばに、わざと隠したのかはたまた年月が過ぎて枯葉に埋まってしまったのか、ビニール袋に入ったゴミやら空缶に空き瓶があり、見て見ぬふりをすることも出来ず持って帰ることに。
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年々感じるのはごみのポイ捨てと山を削ってまで設置するソーラーパネルの数!

ソーラーパネルでここまで怒る人はいないのじゃないのかと思われるくらいに私はどうもあれを見るたびに怒りがこみ上げてきます。

 

要は自然を破壊されることに非常に憤りを感じるのです。

例えるなら、自分の身体を汚されているような感覚。

 

人はどこまでも堕落します。

いとも簡単に堕落します。

自戒の念が無い限り楽な方へと逃れ、『今だけ金だけ自分だけ』の今の世の中はまさにそれです。

 

この地球を人間と動植物が共存するには、あまりにも人間は愚かで厚顔無恥な存在です。

我が物顔で汚物を垂れ流し、公害を蒔き散らかし、それをもみ消す為に新たに強い毒を撒く始末。

どこまでバカになれば済むのだろう。

一体いつになればこの茶番が終わるのだろう。

 

自然も動植物も悲鳴を上げているにもかかわらず、自分の生活には関係ないと現実を見ず、目の前の享楽に溺れる日々。

書いていてうんざりしますが、私もそのうちの一人です。

 

私にとっては私の半身と言っても過言ではなかった会社員を辞め、大きな喪失と共に今までとは真反対の世界を見るようになって私は初めて自分が地球にとってとてもお荷物な存在であることに気付きました。

 

まだまだ小さな取り組みですが、貸農園で畑を始め田んぼのお手伝いをさせていただき、土を触ることでそんな人が一人でも多く増えればと願っています。

年々増える耕作放棄地も他人事ではありませんから。

 

神々の願いは人と神々の現実創造。

神々は大自然の全てに宿ります。

 

その環境を破壊しておきながら、寺社仏閣で自分事ばかりの願いは果たして叶うものなのでしょうか。

 

自然を敬い行動することで神々に繋がり、神々の望む世界が私達の望む世界でもあります。

それは、私達が神様の御魂を分け与えていただいた存在だからです。

 

さぁもたもたしている時間はありません。

私は自分の住まう土地を次世代へと繋いでいきたい。

それには、人と神々の共同創造が必要です。

神々の声を聞いて創っていきましょう。

 

神々の声を聞くには、まずは自分の心身の整えと住まう場の整えが必要です。

まずは己と向き合い整え、やっと準備完了。

整えはゴールではなくスタート地点。

楽な道ではありませんが、ここをすっ飛ばしてはふわスピ止まりです。

 

整えたい方はご連絡お待ちしております。