シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【奈良/吉野郡】吉野山3 吉水神社 後醍醐天皇 楠木正成公、そして明治天皇

金峯山寺から歩くこと数分。

やってきたのは吉水神社。

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鳥居をくぐるとすぐに下り坂。

上り坂の神社は沢山ありますが、なかなか珍しいような気がします。

 

参道からは、先程参拝した金峯山寺が望めます。
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鳥居から下ったと思いきや、目指す吉水神社は上った先にあるようです。
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自然と頭が下げれるようになったのは良き事。
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右手に歌碑がありました。
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『ここにても 雲井の桜 咲きにけり ただかりそめの 宿と思ふに』 

後醍醐天皇

 

吉水神社は、元は役行者が吉水院として金峯山寺の僧房として建立されたものだそう。

その吉水院を、当初は仮宮と考えられていた後醍醐天皇

その後、京へ戻ることなくこの地で崩御されたことを考えると、何ともいたたまれない歌のように感じます。

 

【金生大明神】
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金運招来の一文に、一目散にお参り(笑)

 

そして、私達家族の後にも参拝客の方がお参りされていました。

後ろから聞こえてくる会話からすると、どうやら神社参拝が初めてと思われる男性と、その男性に参拝方法をレクチャーしている男性の二人組のような感じ。

『拝殿前では二礼 二拍手 一礼』と参拝方法をレクチャーしていた男性二人が、こちらの参拝方法を見てビックリされていました。

 

『ニ礼 一七拍手 一礼』
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出雲大社の『二礼 四拍手 一礼』どころではありません。

 

ちょっとビックリしましたが、郷に入らば郷に従えという言葉が適切かどうかは分かりませんが、十七拍手でお参りさせて頂きました。

 

普段、拍手の数を意識する事なんてありませんので、家族で十七拍手は、息を合わせる、拍を合わせるのがなかなか面白く、私達家族以外お二方の男性のみの参拝客だけでしたので、静まり返った境内に響き渡る拍手の音は心地良く感じました。

 

木々が心地良い境内。
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社務所
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【拝殿】
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御祭神は、後醍醐天皇吉水院宗信法印

吉水院宗信法印は吉水院の住職で、後醍醐天皇を擁護された南朝の僧侶になるのだそうです。

 

左側に配祀されているのは、最後の最後まで後醍醐天皇に忠誠を誓われた楠木正成公。
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5年前に初めて御朱印を頂いたのが、楠公さんが御祭神の湊川神社

そこから気付けば、縁の地へと参拝させて頂いておりました。

JR島本駅の大楠公と小楠公の石像、芦屋市の大楠公戦跡碑、そして今年の4月には御嫡男が御祭神の四条畷神社、そしてまさか吉野の地でもこうして参拝することが出来、考えてもみなかった流れなだけに、感無量です。

 

こちらは弁慶が親指二本だけで岩に釘を打ち込んだとされる【弁慶の力釘】
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岩の上から見ると、2カ所打ち込まれたような跡があり、岩に素手で釘を打ち込むだなんて常人には全く想像も出来ませんが、想像を超えた力はき存在しており、きっとこれは弁慶の力自慢を誇張したものでも何でもなく、本当のことなんだろうと思います。

根拠はないですが(笑)

人間の使われていない潜在意識を考えると、不可能だと思われることは意外と不可能ではないのかもしれません。

 

20年ほど前に、東京に住む友人宅を訪れた際、唯一参拝したのが明治神宮

何故、明治神宮へ参拝したのか、理由は覚えてはいませんが、明治神宮へ参拝し、とても感動したことだけは覚えています。

それ以来、私の中で気になる明治天皇
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『くにたみは ひとつこころに 守りけり とほつみおやの 神のをしへを』

 

明治天皇の歌には、心が洗われるような歌が沢山あり、日本語の素晴らしさを改めて感じます。

 

さてこちらは、ここ最近行く先々でお目にかかる恵比寿神社
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商売繁盛のえべっさん

どうかどうか良きご縁をいただけますように。

 

そのえべっさんの右手に気になる石がありました。
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自然石でしょうか。

なんとも変わった形をしています。

 

こちらの木も気になりました。

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見渡す限りの山々を前に、すぐそばにはすっくと聳え立つ一本の木。
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一目千本とは、ここから一目で千本もの桜が見渡せる場所ということで、桜の時期はさぞや多くの人が桜を求めて来られるのだろうと思われます。

 

今は緑豊かな時期ですね。
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さて、そろそろお腹が空いたという子供達の声でひとまず駐車場へ。

つづきます。

【奈良/吉野郡】吉野山2 金峯山寺

上千本の吉野水分神社は暑さも幾分ましだったものの、下千本まで降りてくると6月とは思えない日差しの強さ。

暑さで家族一同、頭の中はこの後食べる冷たいスイーツでいっぱい(笑)

駐車場から歩くこと10分弱。金峯山寺へとやって参りました。

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金峯山寺の手前に稲荷神社。
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後醍醐天皇稲荷大明神』とあります。

調べてみたところ、花山院に幽閉されていた後醍醐天皇が京を脱出し、吉野山に逃れる際、道に迷った後醍醐天皇を伏見の神仏が導いたとされ、その稲荷神を勧請したのがこちらの稲荷社。

 

ご挨拶して金峯山寺へ。

月並みな言葉ですが、すっごい迫力!
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先程の後醍醐天皇が勧請された稲荷社以外にも境内には稲荷社がありました。
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そして、ここ最近とみに勉強を頑張っている娘と、やっと勉強をするという意味を分かり始めた息子が当面お世話になるであろう、学問の神様 菅原道真公へとお参り。
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あれ?

あなたが一番お願いをしないといけないのでは?(笑)
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近くで見ると更に迫力満点の蔵王堂。
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修験道の祖、役行者が創建されたとのことで、金峯山寺では1泊2日の修行体験も出来るとホームページにありました。

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十一面観音立像が御本尊の【観音堂
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愛染明王が御本尊の【愛染堂】
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蔵王堂同様、力強い御朱印を頂きました。

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漲るパワーとでもいうのでしょうか。

金峯山寺で気合いが入ったような感じです。

 

こちらは蔵王堂で頂いたお香。

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ここ最近お寺に参拝させて頂く機会が増え、お香を求めるようになりました。

 

こちらの蔵王香はなかなかどっしりとした香りで、好みは分かれるかと思いますが、要らないものを寄せ付けないような、力強い香りのお香でした。

 

さて、金峯山寺をあとに次なる神社へとお参りです。

つづきます。

【奈良/吉野郡】吉野山1 吉野水分神社

羽曳野市の誉田八幡宮楠木正行公の名前を発見した翌日。

奇しくも、楠木正成公、正行公と縁の深い吉野へとやってきました。

 

そんなことは、いつもこうしてブログにしない限りは気付くこともなく、行動して後から気付くしくみ。

毎回知らないことの連続で、この『気付く』という瞬間にいつも底知れない感動を覚えます。

お参りさせて頂けるのは、本当にありがたいです。

 

連れて行ってくれる主人。

ここ最近は、嫌々連れていかれている子供達(笑)

ここ最近増えてきたお参り友達。

そして、体力だけには自信がある私の身体(笑)

 

感謝です。

 

さてさて、のっけから話しが反れてしまいましたが久し振りの吉野山

どうしてもお参りしたい箇所を重点的に、なるべく効率よく回ろうと、まずは吉野山の上千本にある神社からお参りし、順に下っていく作戦です。

 

吉野水分神社

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時代を感じさせる鳥居とは打って変わって近代的な手水舎。
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楼門に木彫りの梟。
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番人のようにお見受けしましたが、さてどうなのでしょうか。

 

水分神社というだけあって、龍の絵が奉納されていました。
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日付が切れてしまっていますが、絵の感じからすると比較的新しいもののような感じがします。

 

桜の時期はとうに過ぎてしまっていますが、青葉茂る姿も見事な桜の木。
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この空間だけ時間がタイムスリップしたかのような錯覚を覚えます。
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どの角度から見ても素晴らしい桜の木。
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社殿は慶長9年(1604)、豊臣秀頼によって再建されたもののようですが、その当時より時間が止まっているかのよう。
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目の前にずらりと並ぶ本殿の向かって左側に、御本尊の木造玉依姫命座像が安置されており、御神体の為一般公開はされていないようです。
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玉依姫命は初代天皇である神武天皇の母上。

神武天皇橿原神宮の御祭神。

shironpton.hatenablog.com

 

そして北口本宮富士浅間神社でもお祀りされていました。

shironpton.hatenablog.com

 

 

葛城水分神社都祁水分神社宇太水分神社と共に大和国四所水分社の一つとして水の神を祀り古くから信仰されてきた。

約700年前の室町時代より当社境内で御田植神事(後述)が行われているが、神社がある吉野山では水田が無いにも関わらず神事が行われるのは、里に水を行き渡らせる「水分」の神が祀られているからである

また「みくまり」が「みこもり」となまり -「御子守り」として、平安時代中期頃から「子守明神」と呼ばれるようになり、藤原道長の日記『御堂関白記』や清少納言の『枕草子』にも「子守明神」として登場している。また、道長は寛弘4年(1007年)に、金峰山山上の子守明神に金銀五色等を奉ったと記録に残り、当時の権力者からも崇敬を受け子授けの神が信仰を集めていたことが分かる。

 

12世紀ごろには神仏習合により、水分神は地蔵菩薩垂迹とされ(子守権現)、金峰山蔵王権現金峯山寺)に属する神社として修験道の行場の一つとなっていた。明治の神仏分離によって金峯山寺より独立し、村社に列格した。

 

境内は、北東向の急斜面を掘削し平らに造成した場所にあり、参道の入口は、西方にある大峰山に続く大峯奥駈道に面している。

【出典元:吉野水分神社 - Wikipedia

 

西行法師坐像】
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西行法師と言えば、小倉百人一首

『嘆けとて 月やはものを 思はするか こち顔なる わが涙かな』

 

娘が一時期熱中していた百人一首

これも何かのご縁。

ただし、ここ最近カルタには全く見向きもしませんが(笑)

 

こちらのお窯は番人の梟の置物と一緒に飾られていましたが、安土桃山時代豊臣秀頼から寄進された湯窯とあります。f:id:roy-7303-pkbs:20220619210348j:image

『博物館とかで保管しなくて良いの?』と、何も分かっていない私はドキドキしながら写真を撮りました。

 

水分神社のすぐ側に役行者の像がありました。
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何故ここに役行者の像があるのか、参拝時には全く分からなかったのですが、Wikipediaによると、吉野水分神社は明治時代の神仏分離以前は行場の一つとなっていたとあり、修験道の祖の役行者の像があるのも納得です。

 

桜のシーズンはとうに終わり、そしてまだ午前中ということもあってハイキングの方が数名の吉野水分神社

ゆっくり参拝させて頂きました。

 

お次は吉野山と言えばのお寺へ。

つづきます。

 

【大阪/羽曳野市】誉田八幡宮、応神天皇陵

道明寺を後にし、徒歩で移動。

藤井寺市から羽曳野市へとやってきました。

 

想像していたのは、そこまで規模の大きくない神社。

予想に反してこちらの長く続く塀は誉田八幡宮の敷地のようです。
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正面からズドーンと続く参道の先には本殿。

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メチャクチャ立派です!
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境内は気持ちが良いくらいに掃き清められており、お掃除されているさん神職の方と目が合うと、お互い自然と出るのは挨拶の言葉。
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このあと、目の前でちょうど祈禱が始まり、後でお話しさせて頂く宮司さんもこれがまたビックリするくらいのお人柄で、これだけ立派な神社にいらっしゃるからこそなのでしょうか。

とても丁寧に対応して下さり、感動しました。

 

こちらはちょっと強面な狛犬さん。

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応神天皇と言えばの神馬。
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キリっとした狛狐の【姫待稲荷社】
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商売繫盛の【恵比寿社】

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今宮戎神社三嶋大社えべっさんの鈴、北口本宮富士浅間神社のおみくじで引いたえべっさん、とここ最近気付けばえべっさんととてもご縁があります。

 

どうかどうか、商売繫盛となりますように。

死ぬ直前まで好きな仕事が出来れば本望です。

 

境内には応神天皇陵へと続く橋がありましたが、立ち入りは出来ないようになっていました。
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江戸時代の頃までは仁徳天皇陵と同様、普通に入ることが出来たようで、ただ宮内庁管轄となってしまっては迂闊に近づくことも出来ません。

 

高槻市にある今城塚古墳は、宮内庁管轄ではなく、誰でも立ち入りが出来るようになっています。

民と共にある継体天皇といった感じでしょうか。

いつ見ても人が多く、気持ちの良い場所です。(←高槻アピール(笑))

 

 

さて、応神天皇陵は仁徳天皇陵に次ぐ2番目の規模を誇る古墳。

shironpton.hatenablog.com

 

その手前にある鎮守の杜はたいそう勢いが良く、その中でもこちらの木が際立っていました。
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岩と木。

 

向きを変えて反対側からも。
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うっかり写真を撮り忘れてしまっていましたが、この近くに素戔嗚尊が御祭神の当宗社がありました。

 

【誉田八幡宮の層塔】

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平安時代後期から鎌倉時代前期頃に制作されたとあり、本来は13層にもなる層塔になるのだそうで、現在残っているのは4層の層塔。

材質は二上山から産出された石になるそうで、太子町の叡福寺他にも類似した石塔が残ると記載がありました。

 

叡福寺さんといえば、先月お参りさせて頂いたばかり。

shironpton.hatenablog.com

 

叡福寺から橿原神宮に向かう際、二上山の案内を見つけ、二上山へ行ってみたいと話していただけに、今年はお山に入らさせて頂いた方が良さそうな感じがします。

 

【安産社】
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木に鬼と書いて、槐(えんじゅ)と呼ばれる木で産屋の柱を造り、神功皇后は誉田別皇子を無事出産されたとあります。
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【誉田林古戦場址】
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誉田八幡宮の付近は、南北朝、室町、戦国の各時代から江戸初期の元和年間にかけて戦略上の要地であったため、再三戦場の舞台となった。
南北朝初期の正平年間には、北朝方の細川兄弟と南朝方の楠木正行の間で合戦があった。
楠木正行は、金剛山を本拠として、摂津、住吉、天王寺近辺に出陣していたため、将軍足利尊氏が激怒して、細川顕氏を大将にした軍勢を河内に送った。
楠木正行は、金剛山から約30㎞離れた矢尾城を襲うと見せかけて、誉田八幡宮周辺に兵を潜ませて、合戦は後日かと油断した細川勢を急襲した。
太平記巻第25には、合戦の様子が描かれている。
室町時代中期の享徳年間には、畠山政長と義就の間で、何度か誉田合戦が繰り広げられた。
永正元年(1504)には、畠山稙長(たねなが)と義英の間で、合戦後の和議、「誉田八幡宮社前の盟約」が結ばれている。
大坂夏の陣では、豊臣方の武将 薄田隼人正が、誉田八幡宮境内に陣を敷き、当地から出撃して、道明寺近辺で討ち死にした。

 

楠木正成公の御嫡男、楠木正行公のお名前がありました。

四条畷神社へ参拝させて頂いてからというもの、楠木親子の軌跡を知らず知らずのうちに辿っているような感じがします。

 

境内にはたいそう立派な藤棚がありました。

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表面上は枯れているように見えるものの、生い茂る葉の状態からまだまだ現役。
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藤棚の後ろには放生池。
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所々置かれている埴輪の模型は、やはり誉田八幡宮の裏手にある応神天皇陵をイメージしてのことなのでしょうか。

 

最後に参道を振り返る。
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やっぱり好き❤

 

境内を後に、長い塀のそばを歩いていると何とも可愛らしい注意書きがありました。

『らくがき せぬこと』
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板に彫られた文字の字体といい、そもそも素材が木なのも素朴で何とも優しい感じがします。

 

誉田八幡宮の前を通る道は東高野街道f:id:roy-7303-pkbs:20220619213436j:image

今回一緒にお参りに行った友達は東高野街道のある町に住んでおり、道明寺駅に降りた時から『遠路はるばる来たけれど、家の近所と変わらないこの感じは何?』とずっと気になっていたそうで、その感覚はあながち嘘ではなかったようです。

 

『素直に感じること』

 

道明寺さんでのお参りでも感じましたが、今回の参拝で友達から教えてもらいました。

 

歩くこと十数分だったかと思うのですが、それでもこの日は夏日かと思うくらいに暑く、お茶をする場所を求めて道明寺の方面へ。

道明寺近くに巨木がありました。

【白光龍王大神】
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ムクノキになるのだそうですが、この一帯だけ気温が違います。
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素晴らしい!
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このムクノキ近くにコッコヤさんというパン屋さんがあり、美味しそうなパンを購入し、気さくなお店の方とちょっと立ち話。

その際、土師ノ里の駅近くにお茶が出来る場所があると教えていただき、伺った先でまたしても面白い繋がりがありました。

 

cafeの一画に、高田昌耶さんというイラストレーターの方の作品が展示されており、何と高槻市在住!

高槻市の今城塚古墳と羽曳野市応神天皇陵を含む古市古墳群で古墳繋がり。

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ノーウェア土師ノ里

nowhere.wanders.fun

 

繋がる時は繋がりますね。

そんな話を友達としながら、頼んだ飲み物はジンジャーエールf:id:roy-7303-pkbs:20220619213537j:image

これがとっても美味しかった!

 

今回、誉田八幡宮とご縁が繋がったのは、先月参拝した京都府亀岡市にある篠村八幡宮からの流れ。

shironpton.hatenablog.com

 

篠村八幡宮は誉田八幡宮から勧請されたとあり、勧請したのは源頼義公。

源頼義公との繋がりは、遡ること2年前の滋賀県でのお参り。

shironpton.hatenablog.com

 

点と点が繋がって線になり、その線が縦横無尽に広がってどんどん広がる新しい世界。

 

お参りをするから繋がるのか、繋がったと気付いたからまたお参りに行くのか、『卵が先か、鶏が先か』のようですが、いずれにしてもこうしてお参りさせて頂ける環境に感謝です。

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【大阪/藤井寺市】道明寺と猫と木

亀岡市でお参りさせて頂いた篠原八幡宮

shironpton.hatenablog.com

 

後醍醐天皇応神天皇のサインが篠原八幡宮でもあり、同じタイミングで今までお参りの『お』の字も出たことの無い友達と参拝の流れ。

事が動き出すと面白いように流れ出します。

 

まずは、お参りデビューがほぼ初めての友達が気になったという藤井寺市にある道明寺さんへ。

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参道の左右には梅の木。

梅の時期にはそれはそれは沢山のお花が咲くようです。
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ご本尊は、菅原道真公が心を込めて手ずから刻まれたと伝えられる国宝十一面観世音菩薩。

真言宗の尼寺になるそうで、聖徳太子とご縁がある旨由緒書きには記載がありました。
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【本堂】
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護摩堂】
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【大師堂】
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お堂の前に見慣れない麒麟や動物の置物があってビックリしましたが、境内はホッコリする空間。

厳しさというより、包み込む柔らかさ。

尼寺だからでしょうか。

 

この日は本堂の御本尊の開帳日。

毎月18日と25日が開帳されており、せっかくならばと開帳の日に合わせてお参りさせて頂きました。

当日は、朝にもかからわず次から次へと参拝される方が後を絶たず、とても大切にされているお寺なのだと思います。

 

拝観料の500円を寺務所で納め、本堂へ。

本堂内に所狭しと並んでいる仏像を前に『この方めっちゃお腹出てるな。』とか、『この首から掛けているネックレスみたいなの、繊細で綺麗やな。』だとか、仏像というより人間観察をしているかのような友達の言葉に思わず笑ってしまいました。

 

『仏像だから厳かな気持ちで手を合わせなければならない。』

 

と、なんとなくある暗黙のルールのようなものではなく、素直に純粋にお参りを楽しんでいる友達の姿が見ているととても気持ち良く、きっとこういう何でも楽しめたり純粋な人が、神様や仏様に愛されるのではないのかと思いました。

 

規則ももちろん大事ですが、がんじがらめの規則に縛られ本質から外れてしまっては本末転倒。

友達のお参りの仕方は、仏様と心を通わせるお参りのように感じました。

私がもし仏様であれば、こうして楽しんでくれる人を心から応援したい。

私一人の参拝では気付けなかったことです。

ありがたし。

 

ゆっくりと本堂の仏像様との空間を楽しみ、ふと見ると本堂横の廊下に出れる場所があり、となると出てみなければ気が済みません(笑)

本堂から出てみるとぐるっと回れるように廊下があり、本堂のちょうど真後ろにお社を見つけました。

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あれ?誰かいはる。
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私達の存在を全く気にせず動じない猫様。
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その猫様のお社の右手にもお社が2社。
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道明寺の境内図を調べてみましたが、何のお社かは分かりませんでした。

 

そして、このお社のそばには目を見張るような木々がありました。

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こちらの3本の木は三角形を形成しているような配置。
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木自体は細く存在感がある訳ではないのですが、ちょっと面白い一帯です。
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鹿の背中の模様のような鹿子の木。
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二股の木もありました。

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本殿裏の木々と戯れて、最後に猫様にご挨拶と思いきや、どこかへ行ってしまわれたようです。
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いつもは一人、もしくは家族とのお参りですが今日は友達と一緒。

となるといつもと勝手が違い、友達はこちらの2体ある石像の後ろの石像が気になった様子。
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布のドレープの美しさ、曲線美がたいそう気に入ったようでした。
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私はもっぱら木ばかりですので、こうして誰かと一緒にお参りするとまた違って発見があって面白かったです。
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境内はさほど広くはなく、ただこのまま次の目的地へというのも何だかもったいない空間。

それはきっと私達だけではなく、境内にある沢山のベンチで皆さん思い思いに時間を過ごされていました。

 

私達は、ちょうど目の前に五輪の塔が見えるベンチに腰掛け、ちょっと休憩。

色々話しこんでいると、ふと物影が。
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先程の猫様がこられ、ちょうど私達の視線に入る位置に座りこちらをジーっと見ています。
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どうやら会話に一緒に入りたい模様(笑)
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気付けば2時間ほど境内でゆっくりさせて頂き、さてお暇のタイミングで猫様も境内のどこかへと歩いて行かれました。

お付き合いありがとう!

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この後は、道明寺すぐそばの玄米食堂すみれさんでランチ。

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めっちゃ美味しい!

特に車麩とお野菜の甘酢炒め。

 

そして、追加でデザートも。
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自転車で一人の参拝は、ひたすら自転車を漕いでいるので食べるのも後回し。

友達と二人、美味しいものを食べる、会話を楽しむ豊かな時間。

贅沢です。

 

お参りで家族ではない人とこんなにも楽しい日々がやってくるとは、5年前の私には想像も出来なかった事でしょう(笑)

 

さてお腹もいっぱいになり、運動がてら1キロ程離れた場所へと向かいます。

お次は私が参拝したい場所。

 

つづきます。

【山梨/富士吉田市】北口本宮富士浅間神社 恵比寿社 おみくじのえびす様

恵比寿社をあとに、本殿の後ろを過ぎ見えてきた鳥居は『富士登山道吉田口』
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鳥居をくぐると目の前には【祖霊社】

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神社参拝を続けるようになって感じたことは、この日本という国をここまで絶やすことなく繋いで下さった祖先の方々への思い。

戦後、あっという間に自宅から仏壇や神棚が急速になくなっていったと聞きますが、それでも今もこうしてお参り出来る事。

自身の祖先、そして先人の日本人の方々へ思いを馳せる場所があること。

本当にありがたく思います。

 

もしも、また人間として生まれ変わることが出来れば、願わくばまた日本人として生まれ変わりたい。(どこまでも図々しいです、私は。)

 

祖霊社から250mほど先に、北口本宮富士浅間神社の発祥の大塚丘社があると分かり、これは行ってみなければなりません。
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御祭神は日本武尊とあります。
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霊峰富士に更に近付いたからなのでしょうか。

木々の姿には圧倒されるばかりです。
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お社は想像していたよりもこじんまりとしており、
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大塚丘というだけあって、小高い場所にありました。
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さて、元来た道を戻り境内へ。

 

手前は日ノ御子社から始まりずらりと10社の摂社。
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一社づつ丁寧にお参りされている方を数名お見掛けしました。

傍目から見ていても、一心に手を合わせている姿は何とも美しいです。

 

摂社の目の前は拝殿側部。
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どの方角から見ても華やかな拝殿。

 

神変大菩薩役行者様。

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初めて富士登山を行ったのが役行者様だそう!

そのお隣にも摂社。

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名もなき木なのかもしれませんが、境内のどの木を見ても圧倒されるばかり。

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摂社が並ぶ中、ひときわ目立つお社は【諏訪神社

 

創建は未詳なものの、北口本宮富士浅間神社より歴史は古く当地の地主神と言われているそうです。

 

諏訪神社の拝殿右手には下諏訪社と子安社。

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境内の結界を張られたこちらの場所。

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あとで境内図を見て分かったのですが、高天原とありました。

高天原天津神が住まう場所。

 

例年8月26日、27日に北口本宮富士浅間神社諏訪神社で行われる『吉田の火祭り』という、富士山噴火を鎮めるお祭りで鎮火祭とも呼ばれ、そのお祭りの際に担ぎ出されるお神輿をこの高天原に一度収め、その後諏訪神社へとお神輿は収められてお祭りは終焉。

日本の十大火祭りの一つにも数えられるそうです。

 

さて、境内をぐるっと回って戻ってきたのは高天原のすぐそばの夫婦桧。
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日本の檜が寄り添う姿は、さながら高天原伊邪那岐命伊邪那美命のお姿のよう。

 

角度を変えて、拝殿から見た夫婦桧。
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近くには由緒書き

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またしても煌びやかな拝殿へと戻って来ました。
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御祭神は木花開耶姫瓊瓊杵尊のご夫婦、そして木花開耶姫の父上にあたる大山積神

男性の御祭神がいらっしゃいますが、圧倒的に感じるのはとても女性的な柔らかい雰囲気の境内。

それこそ、先程参拝した三嶋大社とは全く真逆な空気感。

 

同じ日に参拝させて頂けたことがとてもありがたく感じます。

 

さて、社務所御朱印を頂き、その際に出来た小銭でおみくじを頂きに恵比寿社へ。
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なんでしょう、この何とも言えない顔立ち(笑)
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私の知っているえべっさんのイメージは、『笑う門には福来る』な笑顔満面のえべっさん

商売繫盛の神様なんだし、『もっと営業スマイルじゃなくて良いの?』だとか、もうツッコミどころ満載のこちらの不服そうな顔のえべっさん

この何とも人間臭い顔に、『是非とも我が家へお越し頂きたい!』と喜び勇んで一緒に帰ってきました。

 

北口本宮富士浅間神社さんへは、このえべっさんを頂く為に来たのではなかろうかと思うくらいに、手にすることが出来て大満足。


最後の任務を終えて、大鳥居手前の稲荷社でご挨拶。
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名残惜しいですが、一時間に一本のバスの時間まであとわずか。

後ろを振り返ってご挨拶。
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ありがとうございました。
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先程までの煌びやかな境内とは打って変わっての参道。
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静と動。

まさしく参道を歩きながらのクールダウン。

さながら人間界へと戻る道のよう。
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今回頂いた御朱印は三社。

 

【北口本宮富士浅間神社
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北口本宮富士浅間神社発祥の地【大塚丘社】
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ここでちょうど御朱印が最後のページ。

丹生都比売神社の御朱印帳もそれはそれは女性らしくてとても美しかったのですが、今回いただいた北口本宮富士浅間神社御朱印帳も今までの私であれば選ばなかったタイプの美しい装丁。

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木花開耶姫命様の美しい雰囲気にピッタリです。

 

最後に、北口本宮富士浅間神社より以前にお祀りされていた【諏訪神社
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バスに乗り遅れることなく乗車。
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行きのバスの際、座った席が反対側だったからか全く気付きもしなかった富士山が、こうして当たり前のようにバスから望めます。

 

富士山へは20年ほど前に登りましたが、登山後の疲れた身体に温泉がとても気持ち良かったこと、山小屋での雑魚寝がギュウギュウだったこと、下山がメチャクチャしんどかったことは未だに鮮明に覚えています(笑)

 

そんなことを思い出しながら、行きと同様帰りも2時間半のバスと電車の旅。

 

気付けば三嶋大社で食べた福太郎餅2つと、小腹対策に口にしていたチョコレート以外ご飯らしいものを口にしておらず、降り立った三島駅で入ったお店はどうしても珈琲が飲みたかったくせに、何故だか頼んでしまった豆乳ラテのドトール
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この一口が誘い水となって、追加でやっぱり飲みたかった珈琲とパウンドケーキでちょっと一息。

 

ドトール閉店時間の20時までをのんびり過ごさせてもらい、さてここから夜行バスの出発時刻の21時10分まで1時間。

駅付近は時間を潰す場所もなく、バス停で一人今回のお参りを思い起こしながらボーっと時間

が過ぎるのをただ待ちます。

 

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満月の前日の三島の空。

 

いよいよ、シロンプトンとも家族とも離れて一人夜行バスでの今回のお参り。

 

どうしてお参りに行くのか。

 

相変わらず明確な理由は分かりませんが、お参りに行くと感じる『何か』を私は必要としており、その『何か』についてはこれだけはハッキリと分かっていること。

 

知識に裏打ちされたものではなということ。

 

何の予備知識もなく、ただお参りに行って感じる何か。

その時には分からなかった何かの集まりが必要な時に線となり、気付きとなるようです。

 

三嶋大社

北口本宮富士浅間神社

 

この度はご縁をいただき、ありがとうございました。

【山梨/富士吉田市】 木花昨夜媛のご縁、北口本宮富士浅間神社

今回三島市へと夜行バスでやってきた目的は、三嶋大社ともう一社。

山梨県の河口湖と山中の間に位置する北口本宮富士浅間神社への参拝。

 

浅間神社でふと思い出したのは、以前、滋賀でのサイクリング時に偶然見つけた富士宮神社。

shironpton.hatenablog.com

 

関西のそれも比較的近場が多い私のお参り。

その中で『富士』と付く神社にお目にかかったことは一度もなく、滋賀県富士宮神社はこじんまりとしたお社でしたがとても印象に残っています。

今回、ブログを書く際に久々に自分のブログを読み返しましたが、下記文面に驚きました。

 

木花開耶姫といえば、お姉さんは磐長姫。ご夫君は瓊瓊杵尊

瓊瓊杵尊に姉妹揃ってお嫁にいったものの美しい木花開耶姫は娶られて、磐長姫は返され、それを嘆き悲しんだ姉妹のお父さんは大三島に鎮座される大山祇神社主祭神大山祇神

大山祇神社といえば、全国の三島神社大山祇神社の総本社。

そして、日本で最初の三島神社が高槻にある三島鴨神社(もしくは鴨神社)と言われています。

鴨神社は毎年お札を頂いている神社で、こんなところでも親近感。

 

今回のお参りは、滋賀県富士宮神社でのお参りでご縁をいただいていたのかもしれません。

何故、今回三嶋大社と北口本宮富士浅間神社へのお参りなのかずっと分からずにいましたが、今やっと繋がりました。

 

三嶋大社の御祭神は、大山祇神

北口本宮富士浅間神社の御祭神は、木花昨夜媛。

 

親子です。

切っても切り離せないですね。

 

そんなこととは露も知らず、三島駅からバスと電車に揺られること2時間半。

やっと着きました!

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扁額が『富士山』ですよ!
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この木立ちの参道を見るや否や、2時間半の移動時間も何のその。

疲れるどころか漲る気力。
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木々が天高くそびえ立つさまにも圧倒されるのですが、やはりどうしても気になるのが根。
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参道途中にあるこちらの礎石は仁王門の礎石になるそうです。
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一人でしたが、『ほぉ~っ』と感嘆の声が漏れていたかもしれません。

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それぐらいに目を見張るばかりの木の根。

 

そして、これまた目をみはるばかりの朱塗りの鳥居。
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鳥居の手前には川が流れており、富士山の雪解け水でしょうか。

水がとても冷たく、この日は暑かったこともあり川の水に手を浸している方を多数お見掛けしました。
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朱塗りの鳥居は、富士山大鳥居と言うようですね。
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笑いかけてくれているような(勘違い?)、ホッコリする感じの狛犬さん。
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隋神門手前の【福地八幡神社
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そしてこちらが、圧倒される建造美の【隋神門】
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隋神門入ってすぐの【手水舎】

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その真向かいにある【神楽殿
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手水舎から振り向いて撮った場所とは到底思えない神々しい写真が撮れました。

同じ場所で撮ったにもかかわらずこの違い。

楽殿だけに、どなたかが舞を舞われているかのような感じがします。


【拝殿】
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北口本宮富士浅間神社の拝殿はとても煌びやか。
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頭上にはこんな強面なお面もありますが、そんなことを感じさせないくらいの圧倒的な華やかさ。
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お賽銭箱頭上の鈴緒を見ると、『角切三』の御神紋。

 

先程参拝した三嶋大社はお賽銭箱に『五七の桐』の御神紋でした。

日本三大三島のうちの一社、大山祇神社の御神紋は『折敷に波三文字』で少し異なりますが、『角切三』の御神紋とよく似ています。f:id:roy-7303-pkbs:20220613141221j:image

拝殿左手の樹齢千年の富士太郎杉。
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上部もご覧の通りの枝ぶり。
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拝殿右手にも巨木。

【夫婦桧】
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さてここからは、案内板の参拝経路に従ってお参りです。
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こちらの木は拝殿と本殿の間にある次郎杉。
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太郎杉から北へほぼ同一線上の場所にありました。

 

参拝に伺ったのは6月ですので開花の見頃はとうに過ぎていますが【夫婦梅】
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神武天皇社】
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先月、神武天皇がお祀りされている橿原神宮へ参拝したばかりでしたので嬉しいご縁。

shironpton.hatenablog.com

 

神武天皇社からみた拝殿後方。
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幟が沢山連なっている華やかなエリアに誘われて先を進みます。
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幟の間から次郎杉。
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幟に書かれた会社の名前から、ここは商売繁盛のえべっさん

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【富士えびす】
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本殿の真裏にあたる場所に恵比寿社がありました。
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手前にあるおみくじに恵比須様の置物も付いており、300円とあります。

この恵比須様をどうしても家に連れて帰りたい。

ただ財布を見ると小銭なし。

 

ひとまず一度退散して、社務所で授与品をいただいて小銭を作る作戦へ。

 

境内散策はまだまだ続きます。