シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【新潟/長岡市】弥彦神社で感じた石上神宮との御神縁

まさか私の人生で新潟を訪れる日が来ようとは。

そして、まさかその先でいつかは参拝に伺えたらと思っていた場所に参拝に伺えるとは。

こんな奇跡的な参拝に改めて御神縁を感じずにはおられません。

 

【弥彦神社】
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今回ある方々と一緒に新潟へと同行させていただける機会に恵まれ、参拝は全く予定には入ってはいなかったのですが、お邪魔させていただいた先で弥彦神社さんへの参拝をご提案いただきました。

当初は弥彦神社さんのお名前を聞いてもピンときていなかったのですが、車窓から見えてきた大きな鳥居を見て『もしやあの弥彦神社さんなのでは!』と。

そしてありがたいことに、もしやが本当になり弥彦神社さんへの参拝が叶いました。

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越後国一宮である弥彦神社の御祭神は、石上神宮の御祭神である饒速日命の御子息である天香山命。

そもそも私が弥彦神社を知ったのは、『鎮魂』『1122』の数字、そして石上神宮の鎮魂祭の存在を知り、その鎮魂祭は島根県の物部神社と新潟県の弥彦神社でも執り行われているということを数年前に知ったことが始まりです。

ただ、あまりにも東北は遠く島根県はいつか行けるだろうと思っていましたが、まさかの先に新潟県で参拝させていただけることになりました。

それも今回同行させて下さった方々の御神縁によるものが大きいと感じています。

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どれだけ願ったとて縁ばかりは自分だけではどうしようもなく、スーパーの陳列棚に商品として売られていればお金で買うことも出来ますが、ご縁はそうもいきません。

御神縁を繋いでいただけているうちは、お金や時間を言い訳にせず動けるだけ動いて次に繋げていきたいと、今回の参拝で改めて思いました。
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写真左上方に小さいですが奥社が見えます。ズームアップ。

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あまり時間が無い中での参拝だった為、写真を撮る余裕もそして御朱印をいただけるような時間もありませんでしたが、拝殿前に立ったときのあの爽快感は今でも覚えています。

参拝の目的は写真を撮ることでも御朱印でもありません。

その土地の訪れ体感し、調べ気付きを深める事。

そして私の場合であればその土地のスイッチを押し、後方の方々の想いを昇華し次の土地へと繋いでいくこと。

 

たまに社務所付近で『御朱印は参拝後にお受け下さい』と記載された掲示を見かけますが、まさにこの掲示に凝縮されています。

そもそも参拝の目的は何なのか。

 

自身の欲を叶える場なのか。

スタンプラリーが目的なのか。

限定の授与品をいただくことが目的なのか。

 

これらはあくまで二次的な事であって、本来は祈りの場です。

自我を越え日本全体、地球全体、宇宙全体の調和を神々と我々人間が共同創造する為に御神縁を結ぶ場です。

 

寺社仏閣への参拝時に、今までこれと言って自分の願い事をすることはありませんでしたが、理由はそこにあることが後になって分かりました。

頭で考えれば、○○の御利益があるから祈るとなるのでしょうがどうもしっくりこず。気付けばいつも手を合わせるのみ。それで良いのだと思います。

 

弥彦神社に参拝される際は、是非末社の祓戸社へ参拝されてから拝殿へ進まれることをお勧めします。

更に更に今回私は登拝が叶いませんでしたが、弥彦神社の御本殿後方にそびえ立つ弥彦山の山頂には奥社があり、8合目付近まではロープウェイで登れるようです。

1合目からの登拝も可能で片道2時間ほどで登れるようです。

欲を言えば色々とありますが、そのを土地を訪れるご縁をいただけそして参拝までさせていただけたことに感謝です。

【京都/福知山市】眞名井神社のお水と元伊勢三社巡り

今回は眞名井神社へのお水取りと、元伊勢三社巡りへの同行です。

ありがたいことに7月の末から神社参拝へ同行させていただけることになり、私のお役目はその時に感じたことを伝え、そして今までの参拝で得た知識をお伝えすることだと感じています。

そんな訳で写真を撮る余裕がなく、眞名井神社さんの写真は一枚もありません。

代わりと言っては何ですが、6年前に家族で参拝した時のブログはこちらです。

shironpton.hatenablog.com

 

眞名井神社の境内では、人祓いが起きたように参拝中も水汲み中も並ぶことなくスムーズに進み、ただ私達の後から水汲みの行列が出来ていました。

ここから元伊勢三社巡りへとまずは元伊勢内宮へ、そこから歩いて天岩戸神社へと向かうルートへ。

元伊勢内宮の写真はありませんが、ここでは酒吞童子のお話しをさせていただきました。

shironpton.hatenablog.com

 

酒吞童子は元伊勢内宮の後方にそびえる大山に住んでいたとされる鬼。

大酒飲みで人をさらったという説もあれば、気さくで陽気な鬼だった云う話しもあったりで果たして何が本当なのかは分かりませんが、一つ確かな事は当時の朝廷に成敗されたということ。

朝廷から見れば悪を成敗したことになるのですが、もしも酒呑童子とされる鬼が先住民であったならば、先住民に対しての侵略へと真反対の出来事に早変わり。

西欧諸国が先住民であるインディアンをだまし土地を奪ったように、歴史はその当時の勝者によって都合の良いように書き換えられてしまいます。

葛城の土蜘蛛も然り、今年参拝に伺った桃太郎伝説の吉備津神社でも同様の事を感じました。

shironpton.hatenablog.com

 

鬼とは果たして本当に鬼だったのか?

 

そんな話しをしながら歩いて天岩戸神社へと歩いていくと、道中にピラミッドのようなお山が見えてきます。

お山を望むように設けられた日室ヶ岳遥拝所。誰いなかったことから、一人づづ思い思いに参拝させていただきました。

 

【天岩戸神社】

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その後方にある池。
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池側から見るとよく分かるのですが、なかなかな絶壁にお社が祀られています。
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5年前にここで家族四人でおにぎりを食べたことは今となっては良い思い出です。
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誰もおらずまさに人払い。

そんな中、気付けば撮られていました(笑)

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さて残すところはあと一社。

元伊勢内宮から車で10分もかからない場所にある元伊勢外宮へと向かいます。

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今回境内の摂社で気になったのがこちらのお社。

【龜原神社】
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調べてみたところ、元伊勢外宮の社家(代々神社に仕える家系)の氏神として祀られているようです。

それにしても『龜』をPCで『かめ』と打てば簡単に文字変換できることに驚いています。

フォークのような箇所がまるで亀の手足のようで象形文字を思い起こさせ、良く出来た文字だなぁと。

 

外宮の御本殿前でお参りさせていただいた際、今まで全く鳴らなかった風鈴が一斉に鳴り出し、朝から丸一日の参拝のお役目を果たしたような感じがしました。
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さて翌週は新潟です。

こちらもありがたいご縁で同行させていただけることになりました。

どこでどんなご縁に繋がるかは私には到底分かるはずもなく、ただその都度いただけるご縁にお金や時間を言い訳にせず、躊躇せず飛び込める状態でありたいと思います。

それはきっと後ろの方々の望みだと感じるからです。

 

自我は私が生きてきた癖。

自我は私の本当の望みではなく、変わりたくないという執着。

やっと後ろの方々との連携が取れてきた感じがします。

後ろの方々からすると、『メチャクチャ待ったけどな・・・。』とため息をつかれていそうですが(^^;

毎回一つの事を乗り越えるたびに、やっとスタートラインに立てたと思うのですがイヤイヤまだまだスタートラインにすら立てていないということが、階段を一つ上がる毎に痛感します。

それでも停滞しているよりは良いでしょう。思考停止は本当に楽で、隙あらばと戻ろうとする自分もいましたが、もうそれも疲れ果ててそして何よりも自分を生きていない気がして、先日ある方から頂いた言葉でもう頑張らずに今の私で突き抜けようと決心しました。

 

『もっと良い状態でスタートしたい』

『完璧になるまで』

と、ずいぶんと自分で勝手にハードルを上げて、自分に自信が持てずに逃げ回っていましたが、もうそれはやめにしようと思います。

今の自分を必要としてくれる人に、今の私が出来る精一杯の事でお応えする以外私には方法がなく、出来ない方法を模索して疲弊し、自己卑下する負の循環に意味が無いことがようやく分かりました。

 

私は心身と場の整えが得意です。

下記でピンときたものがあればご連絡お待ちしております。

・レイキで心身を整える
・四柱推命で自分自身の本質を知る
・掃除・片付け・浄化で場を整える
・御先祖供養で家系の因縁を整える

【奈良/吉野郡】金峯山寺 脳天大神での滝業、そして丹生川上神社中社

お久し振りの金峯山寺。

その手前にお祀りされている

【後醍醐天皇導稲荷大神】

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前回は主人と一緒に参拝させていただきましたが、家族全員での参拝はもう4年も前になるようです。

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今回はご縁あっての方々と、1泊2日の吉野での自分自身の水業での禊ぎで伺いました。

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金峯山寺の本堂へと足を踏み入れた途端、ちょうど護摩行が始まり参列されている方々の中に今回ご一緒させていただく人達がおられました。

今まで何度か金峯山寺には参拝に伺っていますが、太鼓の音が聞こえたり御祈祷が始まったことはあっても護摩行が始まったのは初めて。

その訳は、今回ご一緒させていただいた方のお一人がとても役行者様とご縁の深い方がおられたからでした。

その後も、計らずとも夕方のお勤めにも参加させていただける流れになり一緒にお経を唱えさせていただけることに。

御神縁をまざまざと感じた一日でした。

 

日中は脳天大神さんでの滝行を体験させていただき、この日の為に準備した白装束に身を包み、8月上旬の暑さと金峯山寺からの下りの450段の階段で火照った身体にはちょうど良いだろうといざ滝業に望みましたが、これが本当に冷たくて気持ち良いどころか身体が芯から冷える寒さでした。

脳天大神さんへは以前家族と一緒に参拝に伺っており、その際は娘の高校受験を翌年に控えていましたが、今年は来年に娘と息子のダブル受験を控えており年月が過ぎる早さに今更ながら驚いています。

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滝行の翌日は丹生川上神社中社さんへ皆さんと一緒に正式参拝。
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参拝後は丹生川上神社中社さんの目の前を流れる高見川で川遊び。

前日に宿泊した宿のオーナーさんと出発前に2人で話す機会があり、気付けば仕事の話しに。

私が10年前までは市内で働く普通の会社員であったこと、そこからなぜこのような真逆な生き方になったのかをかいつまんで話すと、オーナーさんは高見川がご自身の転換期になったとおっしゃっていました。

コロナ禍で業務の見直しが入り、歯車がうまく嚙み合わなかったこと。

管理職だったことから心身共にギリギリだったこと。

それでも現実は待ってはくれず、そんな中で何年も使われていなかったお母様の実家へと赴き、目の前に流れる高見川に足をつけた途端『ここで生活をしたい!』と強く感じられたのだそう。

そこからは、高見川からの御導きかのようにどんどん奇跡が起こり今は吉野と二拠点で生活されていると聞きました。

高見川の神様である龍神様と想いが一緒になられ、現実を創造されたのだと感じました。

 

人がどんどん都会へと出ていき、活気のなくなった里は山も川も簡単に荒れてしまいます。

 

そこに人がいるからこそ、里山は機能し自然も暴走することなく調和へと繋がります。

ただ、戦後の日本の状況からすると人が入ることが全てが良い方向に行くわけではないことは今の社会を見れば一目瞭然ですが、それでも自然神と心を共に出来る人間であればそんな事象が起こらないことは、今回のお宿とオーナーさんを見ればすぐに分かります。

 

帰りに宇陀の道の駅で初めて見る大和当帰のジェラートを食べました。
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今ご縁あって学ばさせていただいている方から、大和当帰は奈良県を中心に栽培されているセリ科の多年草ということを教えていただきました。

乾燥させた根は生薬として漢方薬に使われているのだそう。

スーパーフードのジェラートを旅の終わりに食べ、ありがたいことに道の駅には後方の温泉施設からひかれている足湯もあったことからゆっくりと疲れを癒すことが出来ました。

 

1泊2日の水業の旅は色々ありましたが、確実に御魂磨きの旅となりました。

さてここから怒涛の8月の参拝が始まります。

予期せぬことだらけ。

全てゴールを決めて逆算し計画順守を至高としている私とは真反対の現実です(笑)

でも目の前に来たからにはやらねばなりません。

それは、いくら私の自我が否定しようとも私の魂と後ろに付いて下さっている方々が待ち望んでおられることだからです。

 

私は私であって私でない。

私は私(自我)だけの存在ではない。

 

日々起こることは学びの連続です。

【大阪/高槻市】白山神社で決意表明

ある方から繋いでいただいたありがたいご縁でお久し振りの参拝。

【白山神社】

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天保10年は西暦 1839年にあたり江戸時代後期。

もう200年近くもこの地に御鎮座されております。

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こちらの拝殿でご挨拶をしようと思ったのですが、少し違和感。

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そう言えばと後ろに回ってみるとありました!

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前回の参拝時にも後方の御本殿に気付き、こちらでお参りさせていただきました

shironpton.hatenablog.com

 

今回はお伝えしたい事があり、お酒も一緒に奉納させていただきました。

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前回も気になりましたが、本来であれば扁額が掲げられているであろう箇所にこちらの獅子のような彫り物。
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ご縁あって新しく教えていただいた祝詞を奏上し、誰もいないことから結構な声量で上げさせていただきました。

私の声は倍音が出ているとある方から言われ、とっても音痴な私としたら人前で祝詞やお経を唱えるだなんてとんでもない事なのですが、そんな私でもちゃんと唱えられているのだと教えていただけたようで、相変わらず人前で唱えるのは得意ではありませんが舞の奉納時にも感じた、誰かに見せる・聞かせるのではなく、神様へ奉納させていただく気持ちであればそこに羞恥心はありません。

今住まう土地でお役に立つことができるよう、言上げさせていただき自然と涙が。

 

こちらは本殿より奥にあるお社。

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ずいぶんと古いようで先程の拝殿と本殿に比べるとあまり人の手が入っていないように感じます。f:id:roy-7303-pkbs:20260817104248j:image

前回の参拝時にも気になったこちらの石。石の前面に『御酒壺』と刻まれており、奇しくも今回は手元にお酒がある状態。

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果たしてこれで合っているのかは分かりませんが、水無瀬神宮で汲んだお水も手元にあったことから、お酒とお水を注いでみました。
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喜んでいただけていると嬉しい。

 

ここからは前回参拝時の記憶を辿ってみると、やはりありました!
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ズラリと並ぶ道祖神のような御姿。
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何とも愛らしい姿に思わず笑顔になるのですが、その笑顔がひきつるくらいの蚊の数!

普段あまり蚊に噛まれることはないのですが、久々の人間に狂喜乱舞しているのか大量の蚊が群がり、どうにかお地蔵様の御真言を唱えて退散。

その際どこからともなく黒トンボでしょうか、私のそばに来てずっと羽根をゆらゆらとはためかせる姿はさながら舞のようでした。
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こちらの木のそばに、わざと隠したのかはたまた年月が過ぎて枯葉に埋まってしまったのか、ビニール袋に入ったゴミやら空缶に空き瓶があり、見て見ぬふりをすることも出来ず持って帰ることに。
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年々感じるのはごみのポイ捨てと山を削ってまで設置するソーラーパネルの数!

ソーラーパネルでここまで怒る人はいないのじゃないのかと思われるくらいに私はどうもあれを見るたびに怒りがこみ上げてきます。

 

要は自然を破壊されることに非常に憤りを感じるのです。

例えるなら、自分の身体を汚されているような感覚。

 

人はどこまでも堕落します。

いとも簡単に堕落します。

自戒の念が無い限り楽な方へと逃れ、『今だけ金だけ自分だけ』の今の世の中はまさにそれです。

 

この地球を人間と動植物が共存するには、あまりにも人間は愚かで厚顔無恥な存在です。

我が物顔で汚物を垂れ流し、公害を蒔き散らかし、それをもみ消す為に新たに強い毒を撒く始末。

どこまでバカになれば済むのだろう。

一体いつになればこの茶番が終わるのだろう。

 

自然も動植物も悲鳴を上げているにもかかわらず、自分の生活には関係ないと現実を見ず、目の前の享楽に溺れる日々。

書いていてうんざりしますが、私もそのうちの一人です。

 

私にとっては私の半身と言っても過言ではなかった会社員を辞め、大きな喪失と共に今までとは真反対の世界を見るようになって私は初めて自分が地球にとってとてもお荷物な存在であることに気付きました。

 

まだまだ小さな取り組みですが、貸農園で畑を始め田んぼのお手伝いをさせていただき、土を触ることでそんな人が一人でも多く増えればと願っています。

年々増える耕作放棄地も他人事ではありませんから。

 

神々の願いは人と神々の現実創造。

神々は大自然の全てに宿ります。

 

その環境を破壊しておきながら、寺社仏閣で自分事ばかりの願いは果たして叶うものなのでしょうか。

 

自然を敬い行動することで神々に繋がり、神々の望む世界が私達の望む世界でもあります。

それは、私達が神様の御魂を分け与えていただいた存在だからです。

 

さぁもたもたしている時間はありません。

私は自分の住まう土地を次世代へと繋いでいきたい。

それには、人と神々の共同創造が必要です。

神々の声を聞いて創っていきましょう。

 

神々の声を聞くには、まずは自分の心身の整えと住まう場の整えが必要です。

まずは己と向き合い整え、やっと準備完了。

整えはゴールではなくスタート地点。

楽な道ではありませんが、ここをすっ飛ばしてはふわスピ止まりです。

 

整えたい方はご連絡お待ちしております。

【京都/左京区 右京区 西京区】下鴨神社 蚕ノ社 松尾大社 月読神社でカラスと水

ある方の神社参拝の付き添いとして、賀茂氏と秦氏の関連の神社を早朝から参拝させていただくことになりました。

 

まず向かった先は下鴨神社。

今回のミッションは下鴨神社の境内社にある井上社でのお水汲みでしたが、御手洗祭り期間中とあって井上社へと続く参道はお祭りの開催時間外は立ち入り禁止となっていました。

さてどうしたものかと境内を歩いていると見えてきたのは大きな手水舎。

 

【御手洗 直澄】

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せっかくなのでこちらのお水をいただくことに。

 

こちらは境内で見かけましたが、下鴨神社の御神紋の双葉葵でしょうか?f:id:roy-7303-pkbs:20260817103950j:image
早朝だったこともあり人も少なくゆっくりと境内を散策。ほどなくして2つ目のお水を見つけました。

【垂水】
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『垂水』の文字を見た瞬間、前日にお会いした方の事が頭をよぎりました。

その方は生まれてから70年近く、全く神社には興味が無かったのものの最近垂水神社という言葉を何度か耳にしたそうで、お住まいの近くにあることから参拝に行ってみようと話しを聞いたばかり。

どこかでまた繋がるのでしょうか。

ただ私の頭で考えられることはたかだか知れているので、考えても分からないことは後ろの方々へお任せしています(笑)

見えない世界で後ろの方同士でお繋ぎ下さっているので、私が出来る事は現実世界で動くだけの事。

絶賛、思考で身体を動かすことを手放し中です。左脳偏重なので至難の業なのですけどね(^^;

 

そしてそして、またしてもお水を見つけました。

【三本杉】
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自身の参拝記録を遡ったところ下鴨神社への参拝はもう7年も前になるようで、その当時は直澄のお水のみの記載。垂水と三本杉については確認できていなかったようです。

shironpton.hatenablog.com

 

今回の一つ目のミッションは下鴨神社でのお水汲みでしたので、奇しくも下鴨神社に3ヶ所もお水が汲めることが今回分かり、同行した方のお役に立てていればと思います。

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さてお次にやって来たのはこちらも双葉葵が御神紋の【蚕ノ社】

三柱鳥居がある元糺の池には水はありませんが、毎年夏の土用の丑の日にはその池に水が張られ、御手洗まつり(足つけ神事)が行われています。

先程参拝した下鴨神社と同じですね。

shironpton.hatenablog.com

そんな事を以前の参拝記事から思い出し、私に分かる範囲で同行者のAさんにお伝えさせていただいていたところ、どこからともなく烏が2羽。

元糺の池のそばにおられるAさんに『やっと来たか』とお伝えに来られました。

蚕ノ社は秦氏縁の神社で在り、Aさんはどうやら秦氏と関係がということが道中の会話で判明したばかり。

下鴨神社の賀茂氏と蚕ノ社の秦氏は婚姻関係を重ね深い結びつきがあったことから、賀茂氏の眷属である烏が確認に来られたのかなと感じました。f:id:roy-7303-pkbs:20260817104024j:image

さて参拝はまだ続きます。お次はお酒の神様と言えばの

【松尾大社】
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風がビューンと吹いて、Aさんを心待ちにされていたことを感じました。

 

御神紋は下鴨神社、蚕ノ社と同じ双葉葵。
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霊泉『亀の井 』
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手水舎が酒樽な所がお酒の神様ならではですね。

そして亀で思い出しましたが、以前参拝時(7年も前でした!)に手水舎の亀のお腹からトカゲが顔を出してくれて、こんな何でもない小さなことを覚えてはいますが、神社の歴史や細かいことはあまり覚えてはおらず、参拝歴は長いものの何となくのうろ覚えです(^^;

tonjil.hatenablog.com

 

さて亀の井の奥に進むと滝があり、境内をお掃除されていたおじいさんから『ここはお金はいらないし涼しいから近くまで行かれたらいいよ』とお声がけいただき、そばまで近寄ってみることに。

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まさに天然のクーラー。

この日は7月下旬で早朝に参拝した下鴨神社は暑さを感じることはありませんでしたが、三社目となる松尾大社で午前中と言えども10時となればもう二言目には『暑い・・・』としか出てこないくらいの夏日。

そんな夏日にもかかわらず、木々の中にある滝のそばに近寄るだけでとっても涼しいのだから、天は我々人間にすでに恵みを下さっており、ただそれを生かすどころか殺してしまっているのは我々人間だということに改めて気付かされました。

コンクリートだらけの道路。

利便性だけを考えれば砂が剥き出しの道より舗装されたコンクリートの道路の方が間違いなく良いのですが、降った雨水を蓄えるどころか垂れ流してしまうコンクリートの道路の存在はこの暑い日々を更に増長するかのような代物です。

山を削ってソーラーパネルは言わずもがなのこと。

人間は『今だけ金だけ自分だけ』を求めるあまり、大きなツケを地球に刻んでしまっています。

もう科学を使ったこれ以上の発展は必要ないでしょう。便利が過ぎれば人は堕落します。

滝の前には瀧御前として罔象女神様がお祀りさていました。
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境内の一角にはお酒の神様を感じさせる沢山のお酒が奉納されており、様々なラベルを見るだけで想像が膨らみます。
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さて、今回同行させていただく神社は以上の三社だったのですが、そう言えばこの近くに月読神社があったことを思い出し、Aさんにお話ししたところ是非参拝に伺いたいとのことで松尾大社から歩いて10分程の月読神社へ。
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境内には聖徳太子様とまたしてもお水!

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解穢の水とあります。

そしてまたしても双葉葵の御神紋!

 

下鴨神社から四社全てに双葉葵とお水があり、月読神社への参拝は必然だったようです。
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境内の片隅に解穢の水が湧き出ている場所があり、ふと見るとカラスの先約が。

Aさんに気付くと、そばの木に止まりAさんがお水で清められるのを木の上からずっと見ておいででした。

蚕ノ社と同様2羽の烏。

Aさんが参拝に来られるのを待ち望んでおられました。
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さてどうにか午前中に四社全てを参拝させていただくことが出来、これにて解散ではなく午後からは舞のお稽古。

Aさんは私の舞の先生です。

ありがたいご縁で御神事で舞を奉納させていただける機会に恵まれ、まさか私の人生で舞を習うことになるとは想像もし得なかったこと。

人前で舞うだなんて全く私には関係のない世界だと思っていましたが、人前で舞うと言えどもあくまでも奉納させていただくのは神様。

自分の舞を動画に撮り先生に見ていただく為に自分でも確認したところ、あまりにも奇怪な動きに絶望し猛特訓。

ひとまず型を覚えるだけで精いっぱいではありましたが、回数を重ねるごとにずいぶんと自信をもって舞うことが出来るようになりました。

この流れは私が意図した事ではなく、後ろの方々の御意思。

それを私は現実に行動しただけの事。

書いてしまうとたった二行の事なのですが、私にも自我があり例えば自我でそれをやらないということも出来てしまうのです。

ただ後ろの方々の御意思を強く感じるようになった今、その声を無視し自我を優先させることは私の天命に背くことであり、であればたかだかこの数十年で出来上がった自我と後ろの方々の千年、もしくは万年にも及ぶ御意思を考えた時に、果たして私の自我が何の役に立つのだろうかと。

まぁ、意思決定する際はそこまで考えておらず、きたモノに対してその都度向き合い精一杯の力を振り絞っているだけで、そんなことを繰り返しているうちにやっと気付いてきた次第です。

 

丙午の今年は馬車馬のように動く年になるやも。

なんてことを冗談半分で年の初めに話していたことが、全く冗談にはならないくらいに日々馬車馬でそれでも体調を崩すことなく8月も終わりを迎えようとしています。

 

今までの私の人生で間違いなく一番濃ゆい年になることはまだ一年も終わっていませんがすでに確定しており、ここから怒涛の8月に突入です。

 

御魂磨き

肉体増強

 

沢山経験させていただきました。

そんな模様をまたこちらで記事にしますので、よろしければまたお立ち寄りください。

【奈良/生駒郡三郷町】凛々しい神様 龍田大社

ほぼ一年振りの参拝。

龍田大社。

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新しいお札を授かりに参拝に上がりました。

 

【手水舎】
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龍田さんには今回で3度目の参拝となりますが、毎回感じることは拝殿の後方のお山の御神気。
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なんとも言えない清々しさと男気溢れる凛々しさを感じさせる御神気。

そう言えば、龍田さんに参拝に上がるきっかけは夢での『やきがま!』の声だったということを思い出しました。

そして、その際豪快な男の神様が私の中に入られたことも以前のブログを見返して思い出しました。

shironpton.hatenablog.com

shironpton.hatenablog.com

 

さて、御本殿で龍田さんの祝詞を奏上し摂社の白龍神社へご挨拶。

御祭神は白蛇様。
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前回は気付きませんでしたが、巳様がおられるように感じた石がありました。

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お稲荷さんの置物のそばには沢山のつわぶき。
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今年はご縁あって3月より田んぼのお手伝いをさせていただけることになり、5月からは貸農園も始め土に触れる機会がぐんと増えました。

そんな中で、野草を知ることになりこちらのつわぶきも自宅の庭に生えているものの今まで特に意識をした事もなく、庭の景色と化していた野草の一種。

それが食用にも薬にもなると分かった時にはとてもビックリで、タイミング良くというか主人がよく分からない虫に刺され、早速つわぶきのしぼり汁をつけ葉っぱもそのまま幹部に張り付けていたところ、ものの見事に治りました。

 

私が生活の中でやりたいことはこういう『おばあちゃんの知恵袋』を活かした生活。

 

何かあったらすぐ病院へ。

ではなく、まずは日々の暮らしの中で何が出来るか知識と経験を身につけ、それを実生活に生かしていく生き方。

 

母に小さい頃からよく言われたのが

『いつまでもあると思うな親と金』

 

誰かに、何かに依存しているとあっという間にそれらが無くなった時に人生は破綻してしまいます。

 

これだけ便利な世の中ですから全く依存しない生き方をするのはそれはそれで

難しいとは思いますが、自分で出来る範囲の事は自分でする。

情報を取捨選択できる賢さを磨き、必要な知識と経験を身につけ自立する。

 

こういったことは自分で意識していけば出来る事だと思っています。

 

さてこちらは昨年もあった今年の風の言霊。

昨年乙巳は『丹誠』

丙午の今年は『氣宇』
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氣宇とは物事に対する心の持ち方・気構えの事です。

昨年までの泰然・丹誠な日常を過ごすことにより

中今に得られた気づき・学びを活かした氣宇により、

皆様には、大神様のご加護の元、健やかなる一年をお過ごしくださいます様、

お祈り申し上げます。

 

毎度可愛い狛犬さん。
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境内の池のほとりには黒龍神社があり、先程の白龍神社と対を成すような感じがします。

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その側に『忠魂頌徳碑』
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戦争で亡くなられた方々の御魂に手を合わせ光へと還れるように祈ります。

 

『惟神大宇宙平和』の石柱。

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惟神(かむながら)とは

神代から伝わる神さまの御心のままにという意味です。

 

いよいよ人世の時代も大峠(という名前の友達がおり、よくよく考えてみたらすごいお名前!)を迎え、来たるべき神々との創造共同が行われる神代還りの世界線へと突入です。

その時、私は神々と共に何が出来るのでしょうか。

人任せで自分は高みの見物で動くことなくお金だけを稼ぎ自分だけが富み栄える事だけを生きがいに生きているのでしょうか。

 

だとすれば、もはや生きていることはないのでしょう。

先日、新潟県にある十日町市博物館を訪れる機会があり、その中で縄文時代の常設展が殊の外胸を打ちました。

 

自然と共にある生活。

今の人世のように、今だけ金だけ自分だけの消費世界ではなく循環型社会。

 

神々と自然、そして私達は同一です。

自然破壊が当然のように行われている現代は、最も神々と遠い世の中であり、寺社仏閣や偶像崇拝は盛んではありますが、そこに必ず神々がおられるかというとそうではありません。

 

自然を敬うことが、神々を敬い、自分自身をも敬うことになるということ。

そんな来たるべき世の中の為に何が出来るか。

行動あるのみです。

 

【兵庫/尼崎市】明け方の夢 崇徳院で松原神社 水について考える

ずいぶんと時は溯りますが、4月の末だったか5月の上旬の明け方の夢で『ストクイン!』の声で目が覚め、毎度のことながらスマホに入力。

ストクインと言えば崇徳院。

菅原道真・平将門と共に三大怨霊とされている崇徳院。

 

崇徳院で調べたところ、近畿圏では京都の白峯神宮と崇徳天皇御廟そして尼崎市の松原神社に御祭神として祀られていることが分かりました。

 

タイミング良く兵庫県にいる同志と会うことになり、一緒に尼崎市の松原神社へ参拝することに。

 

久し振りにシロンプトンと連れ立って降り立った駅は塚口駅。

南改札口をおりたところに大きなモニュメントのようなものと石碑がありました。

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調べてみたところ、中央のモニュメントのようなものは近松門左衛門が愛用していた硯を模したもの。

近松門左衛門といえば曾根崎心中の作者です。

近松門左衛門と尼崎の繋がりは、尼崎市にある広済寺の本堂裏に「近松部屋」と呼ばれる仕事部屋があり、晩年の作品がその部屋で執筆されたとのこと。

境内には近松門左衛門の墓所もあるそうです。

 

そして、さらに調べていくとこれが面白いことに広済寺は多田満仲が勧請したとありました。

多田満仲といえば5月に参拝した多田神社の御祭神である源満仲の別名であり多田源氏の祖。

ここに繋がってきましたか。

 

見えない方々のネットワークは私の目には見えませんが、気付き出せば芋蔓式に繋がっていることが分かります。

それが果たしてどうなるのかなんて私には全く分かりませんが、ひとまず気付いたら動くだけ。いつか点と点が線になるのは実証済みですので大人しく目の前の事を淡々とやるのみです。


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塚口駅から松原神社までは自転車で30分弱。f:id:roy-7303-pkbs:20260518151125j:image

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松原神社の主祭神は素戔嗚尊様で崇徳天皇は相殿神とのこと。

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崇徳上皇が讃岐国へ流される途中、大風雨を避けて浜田の地で休まれた際に、村人が海の物や山の物でもてなしたという言い伝えがあり、それがダンゴボーと言われる春の大祭として今でも続いているようです。
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新緑の中、前掛けの赤が引き立つ狛犬さん達。
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今回参拝をご一緒して下さった同士のMさん。
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住宅街の中にあるとは思えないくらいに鎮守の杜が立派です。
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境内には遊具があり、この日は平日ということもあってか子供の姿を見かけることはありませんでしたが、境内で遊ぶ子供達の姿は神々様が大いに喜ばれることと思います。

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『浜田川跡解説板』
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明和元年(1764年)10月、浜田川の下流に位置する浜田村と西難波村との間で、水利権を巡る大規模な紛争が発生した(浜田川水論)。尼崎藩の裁きを受ける過程で、翌明和2年(1765年)12月に浜田村の村役人8人全員が牢死するという悲劇的な結末を迎えた。尼崎市浜田町には、この犠牲者を弔う「浜田川水論牢死者墓碑」が残されており、現在は市の指定文化財となっている。

 

松原神社のある浜田町は浜田川の下流域となる為、田んぼの水利権に関しての争いが絶えなかったようです。

今年に入り私も微力ながら田んぼのお手伝いをさせていただくようになり、水が人が生きていく上でいかに大切かを痛感しております。

 

当たり前のことですが、水が無ければ作物は育たず人も育ちません。

水の利権は死活問題、そして目線を変えると国防。

日本の水が外資に買われてしまっている都道府県もあり、蛇口を締められれば一発で即死です。

 

数百年前に起きた水の問題は他人事ではなく、今も同じく自分事。

外の世界に任せっぱなしでは生きては行けません。

 

さて、松原神社を後に持ってきたおにぎりでお昼ご飯。

2人で自転車を走らせやって来たのは蓬川公園。

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目の前には蓬川が流れお世辞にも綺麗な水とは言えず、ただ二人で話している最中、何度も大きな魚が川面を跳ねているのが見えました。

 

もともと浜田川(蓬川は下流域の名前)は水量の多い豊かな川であったと松原神社の掲示板にはありました。

それがどういった経緯かは分かりませんが、川筋を改修することで黒く濁った川になったと記載があり、松原神社のある浜田地区は漢字の如く浜のそばにある田んぼがあった地域。

それが高度経済成長期により工場が立ち並ぶようになり、今まで田を潤していた水が工場や家庭の排水の流れ込む川となってしまい、本来の用途が変わってしまいました。

 

水はいかようにも姿形を変えることが出来ます。

水、水蒸気、氷。

そして人や田畑を潤す水にもなれば、水の過不足は天災ともなります。

ただし黒く濁ってしまった浜田川は天災ではなく人災。

人が自然を無視し、己が利を求めるばかりに本来ある自然の形を壊してしまいました。

 

水は不要なモノを流してくれますが、果たしてそれは永遠でしょうか。

人間にとって不要となったものを垂れ流すのは本来の川の姿ではありません。

 

私一人がスポンジをへちまに変えたとて、洗剤を環境に優しい石鹸に変えたとて大きな変化にはなりません。

ただ、そういった小さなことを一人一人が意識し、変えて行くことが今住む地域や日本を変えて行くことだと信じています。

 

私はこの日本を少しでも良くし次世代へと繋いでいきたいと思い、小さいことをずっと続けてきました。

そのことが目の前の日本を大きく変えることが出来なくともです。

税金も増え、移民も増え、年々今までの日本のように住みよい国ではなくなってきました。

でもだからと言って、それをそのまま指をくわえて見過ごすわけはいきません。

私は相変わらず小さいことを続けていくでしょう。

そしてそのことに賛同してくれる方が一人でも多く増えればと願っています。