ある方の神社参拝の付き添いとして、賀茂氏と秦氏の関連の神社を早朝から参拝させていただくことになりました。
まず向かった先は下鴨神社。
今回のミッションは下鴨神社の境内社にある井上社でのお水汲みでしたが、御手洗祭り期間中とあって井上社へと続く参道はお祭りの開催時間外は立ち入り禁止となっていました。
さてどうしたものかと境内を歩いていると見えてきたのは大きな手水舎。
【御手洗 直澄】

せっかくなのでこちらのお水をいただくことに。
こちらは境内で見かけましたが、下鴨神社の御神紋の双葉葵でしょうか?
早朝だったこともあり人も少なくゆっくりと境内を散策。ほどなくして2つ目のお水を見つけました。
【垂水】

『垂水』の文字を見た瞬間、前日にお会いした方の事が頭をよぎりました。
その方は生まれてから70年近く、全く神社には興味が無かったのものの最近垂水神社という言葉を何度か耳にしたそうで、お住まいの近くにあることから参拝に行ってみようと話しを聞いたばかり。
どこかでまた繋がるのでしょうか。
ただ私の頭で考えられることはたかだか知れているので、考えても分からないことは後ろの方々へお任せしています(笑)
見えない世界で後ろの方同士でお繋ぎ下さっているので、私が出来る事は現実世界で動くだけの事。
絶賛、思考で身体を動かすことを手放し中です。左脳偏重なので至難の業なのですけどね(^^;
そしてそして、またしてもお水を見つけました。
【三本杉】

自身の参拝記録を遡ったところ下鴨神社への参拝はもう7年も前になるようで、その当時は直澄のお水のみの記載。垂水と三本杉については確認できていなかったようです。
shironpton.hatenablog.com
今回の一つ目のミッションは下鴨神社でのお水汲みでしたので、奇しくも下鴨神社に3ヶ所もお水が汲めることが今回分かり、同行した方のお役に立てていればと思います。

さてお次にやって来たのはこちらも双葉葵が御神紋の【蚕ノ社】

三柱鳥居がある元糺の池には水はありませんが、毎年夏の土用の丑の日にはその池に水が張られ、御手洗まつり(足つけ神事)が行われています。
先程参拝した下鴨神社と同じですね。
shironpton.hatenablog.com
そんな事を以前の参拝記事から思い出し、私に分かる範囲で同行者のAさんにお伝えさせていただいていたところ、どこからともなく烏が2羽。
元糺の池のそばにおられるAさんに『やっと来たか』とお伝えに来られました。
蚕ノ社は秦氏縁の神社で在り、Aさんはどうやら秦氏と関係がということが道中の会話で判明したばかり。
下鴨神社の賀茂氏と蚕ノ社の秦氏は婚姻関係を重ね深い結びつきがあったことから、賀茂氏の眷属である烏が確認に来られたのかなと感じました。
さて参拝はまだ続きます。お次はお酒の神様と言えばの
【松尾大社】

風がビューンと吹いて、Aさんを心待ちにされていたことを感じました。
御神紋は下鴨神社、蚕ノ社と同じ双葉葵。

霊泉『亀の井 』

手水舎が酒樽な所がお酒の神様ならではですね。
そして亀で思い出しましたが、以前参拝時(7年も前でした!)に手水舎の亀のお腹からトカゲが顔を出してくれて、こんな何でもない小さなことを覚えてはいますが、神社の歴史や細かいことはあまり覚えてはおらず、参拝歴は長いものの何となくのうろ覚えです(^^;
tonjil.hatenablog.com
さて亀の井の奥に進むと滝があり、境内をお掃除されていたおじいさんから『ここはお金はいらないし涼しいから近くまで行かれたらいいよ』とお声がけいただき、そばまで近寄ってみることに。


まさに天然のクーラー。
この日は7月下旬で早朝に参拝した下鴨神社は暑さを感じることはありませんでしたが、三社目となる松尾大社で午前中と言えども10時となればもう二言目には『暑い・・・』としか出てこないくらいの夏日。
そんな夏日にもかかわらず、木々の中にある滝のそばに近寄るだけでとっても涼しいのだから、天は我々人間にすでに恵みを下さっており、ただそれを生かすどころか殺してしまっているのは我々人間だということに改めて気付かされました。
コンクリートだらけの道路。
利便性だけを考えれば砂が剥き出しの道より舗装されたコンクリートの道路の方が間違いなく良いのですが、降った雨水を蓄えるどころか垂れ流してしまうコンクリートの道路の存在はこの暑い日々を更に増長するかのような代物です。
山を削ってソーラーパネルは言わずもがなのこと。
人間は『今だけ金だけ自分だけ』を求めるあまり、大きなツケを地球に刻んでしまっています。
もう科学を使ったこれ以上の発展は必要ないでしょう。便利が過ぎれば人は堕落します。
滝の前には瀧御前として罔象女神様がお祀りさていました。

境内の一角にはお酒の神様を感じさせる沢山のお酒が奉納されており、様々なラベルを見るだけで想像が膨らみます。

さて、今回同行させていただく神社は以上の三社だったのですが、そう言えばこの近くに月読神社があったことを思い出し、Aさんにお話ししたところ是非参拝に伺いたいとのことで松尾大社から歩いて10分程の月読神社へ。

境内には聖徳太子様とまたしてもお水!

解穢の水とあります。
そしてまたしても双葉葵の御神紋!
下鴨神社から四社全てに双葉葵とお水があり、月読神社への参拝は必然だったようです。


境内の片隅に解穢の水が湧き出ている場所があり、ふと見るとカラスの先約が。
Aさんに気付くと、そばの木に止まりAさんがお水で清められるのを木の上からずっと見ておいででした。
蚕ノ社と同様2羽の烏。
Aさんが参拝に来られるのを待ち望んでおられました。

さてどうにか午前中に四社全てを参拝させていただくことが出来、これにて解散ではなく午後からは舞のお稽古。
Aさんは私の舞の先生です。
ありがたいご縁で御神事で舞を奉納させていただける機会に恵まれ、まさか私の人生で舞を習うことになるとは想像もし得なかったこと。
人前で舞うだなんて全く私には関係のない世界だと思っていましたが、人前で舞うと言えどもあくまでも奉納させていただくのは神様。
自分の舞を動画に撮り先生に見ていただく為に自分でも確認したところ、あまりにも奇怪な動きに絶望し猛特訓。
ひとまず型を覚えるだけで精いっぱいではありましたが、回数を重ねるごとにずいぶんと自信をもって舞うことが出来るようになりました。
この流れは私が意図した事ではなく、後ろの方々の御意思。
それを私は現実に行動しただけの事。
書いてしまうとたった二行の事なのですが、私にも自我があり例えば自我でそれをやらないということも出来てしまうのです。
ただ後ろの方々の御意思を強く感じるようになった今、その声を無視し自我を優先させることは私の天命に背くことであり、であればたかだかこの数十年で出来上がった自我と後ろの方々の千年、もしくは万年にも及ぶ御意思を考えた時に、果たして私の自我が何の役に立つのだろうかと。
まぁ、意思決定する際はそこまで考えておらず、きたモノに対してその都度向き合い精一杯の力を振り絞っているだけで、そんなことを繰り返しているうちにやっと気付いてきた次第です。
丙午の今年は馬車馬のように動く年になるやも。
なんてことを冗談半分で年の初めに話していたことが、全く冗談にはならないくらいに日々馬車馬でそれでも体調を崩すことなく8月も終わりを迎えようとしています。
今までの私の人生で間違いなく一番濃ゆい年になることはまだ一年も終わっていませんがすでに確定しており、ここから怒涛の8月に突入です。
御魂磨き
肉体増強
沢山経験させていただきました。
そんな模様をまたこちらで記事にしますので、よろしければまたお立ち寄りください。