シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【奈良/吉野郡】天河大弁財天社と蛇、卵石

秋分の日。

雨でどこにも行けない(自転車に乗れない)のであればと、ここで主人の逆転の発想。

ザザ振りの雨の中、主人が行ってみようとハンドルを握った先は奈良県の山中。

 

天河大弁財天社

f:id:roy-7303-pkbs:20220924105614j:image

一度は参拝に伺ってみたいと思っていましたが、まさかこんなザザ振りの日の参拝になるとは(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105608j:image

【手水舎】

f:id:roy-7303-pkbs:20220924105604j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220924113251j:image
娘以外は長靴で足元完璧装備。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924115456j:image

降りしきる雨にもかかわらず、参拝客は途絶えることなく駐車場はほぼ満車。f:id:roy-7303-pkbs:20220924105611j:image

ちょうど拝殿では御祈祷が行われており、既に沢山の方々が拝殿前での厳かな雰囲気の中、椅子に腰かけて祝詞の奏上を受けられておりました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924113302j:image

勝手が分からなかったのですが、折り畳み式の椅子があり、拝殿前の隅の方で我が家も参列のおこぼれにあずかりました。

これがもう、何とも言えない空間で。

 

降りしきる雨音。

祝詞

そして、後半から聞こえてきた『オン ソラソバ テイエイ ソワカ』の弁財天様のご真言

そのご真言と呼応するかのような太鼓と笛の音。

身体の中から、何かが湧き立つかのような祝詞、ご真言の音。

主人の思い付きで参拝の運びとなった天河大弁財天社ですが、この祝詞の奏上に間に合うタイミングで参拝できたことがとても有り難く感じました。

 

御祈祷が終わり、目の前にある拝殿奥の階段を降りた先には役行者堂がありました。

f:id:roy-7303-pkbs:20220924105636j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220924115506j:image

お堂の左右に気になるものがありました。

 

まるで蛇が産んだかのような卵石が二つ、
f:id:roy-7303-pkbs:20220924115500j:image

右手には岩。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924113305j:image

蛇は弁財天様の御使いとされているようです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105639j:image

行者堂の手前にある、岩と木。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924113255j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105552j:image

こちらの岩は、中央がくり抜かれていることから手水舎なのかもしれません。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924115510j:image

先程まで御祈禱が行われていた拝殿へと続く石階段。

f:id:roy-7303-pkbs:20220924105632j:image

拝殿へと戻ってくると、先程までの沢山の人影はなく、ただ参拝される方は途切れることなく、合間を見て一枚撮らさせていただきました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105624j:image

鈴緒の鈴の形状が独特で、五十鈴というのだそう。

 

いすずの響きからふと浮かんだのは、いすゞ自動車

調べてみたところ、いすゞ自動車の社名は、伊勢神宮のそばを流れる五十鈴川にちなんでとのこと。

 

天河大弁財天社の御神宝の五十鈴は、天照大御神が天岩屋戸にこもられた時、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、岩戸前で舞を舞われた際、神代鈴をつけた矛を持っておられたそうで、その神代鈴と同様のものが五十鈴となるのだそうです。

 

雨で濡れた石階段はふと気を抜くとツルリと滑ってしまい、恐る恐る階段を降りていたのは家族の中で私だけ(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220924113244j:image

参道を守るかのような磐座。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105548j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220924113258j:image

石階段の途中には【五社殿】

f:id:roy-7303-pkbs:20220924105545j:image

f:id:roy-7303-pkbs:20220924105601j:image

そばの木の根はとても立派。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105621j:image
石階段の下から五社殿を望む。
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105627j:image

そして、全く降り止まない雨(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220924105558j:image

社務所は授与品を求める人の列が出来ており、御神宝の五十鈴を模したモノや、糸魚川翡翠など他では見ることが出来ないものが色々とありましたが、私は参拝のご縁を結べた証として御朱印を頂いて参りました。

f:id:roy-7303-pkbs:20220925150010j:image

 

帰ってから気付いたことですが、天河大弁財天社の境内を全て回れていなかったようです(^^;

それでも御祈祷の奏上を賜れたことだけでも今回の参拝は充分。

 

祝詞とご真言

神仏習合を色濃く感じる天河大弁財天社でした。

 

オン ソラソバ テイ エイ ソワカ

 

さて、ここから吉野参拝巡りです。

つづきます!

【大阪/池田市】阪急沿線西国七福神巡り③呉服神社 耳の遠い恵美寿様

豊中市の圓満寺を後に、電車に揺られて着いた先は阪急池田駅

前回の参拝から御朱印帳で確認するともう4年。

呉服と書いて『くれは』と読む池田市にある『呉羽神社』へとやってきました。

f:id:roy-7303-pkbs:20220920162949j:image

池田市には、前職で大変お世話になった同じ誕生日の先輩がいらっしゃいます。

ビックリしたことに、お互いの妹の誕生日まで全く同じ(笑)

今回、呉羽神社へ参拝に伺った旨連絡したところ、年内にお会いすることが出来る運びとなりました。

退職して5年。

楽しみです。

 

のっけから参拝とは全く関係のない話しですが、こんなご縁が繋がったのも参拝あってのこと。

ありがたし。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163046j:image

さて、目の前に見えてきたのは神門。

左手には恵美須大神と記載されており、今回の参拝の目的の神様。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163014j:image

前回の参拝でも感じたのですが、とっても華やかな御本殿。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163017j:image

 

御祭神は、仁徳天皇と呉服(くれはとり)。

呉服とは、応神天皇の時代に呉の国から日本に渡来し、織物、染色の技術を伝えたとされている女性です。

 

応神天皇の御代に阿知使主(あちのおみ)都加使主(つかのおみ)親子を中国の呉国に遣わし機織裁縫の工女を求められました。長い旅の末、呉の国に趣き呉王に乞うて呉服(くれはとり)綾羽(あやはとり)の姉妹を伴い渡来することとなりました。姉妹はこの地に渡来した後、昼夜怠ることなく布帛(ふはく)を織り続け(暗夜には星が降りてきては白昼のように手元をてらしたと伝承があります)我が国に機織裁縫の技術が伝わり男女季節階級に応じた衣服が広まったと言われております。

呉服(くれはとり)は仁徳天皇の76年9月18日に御隠れになり御身体を姫室に、翌年仁徳天皇がその功績を称え御神祠(当神社)を建てられ御霊をお祀りすることとなりました。

【出典元:呉服神社について | 呉服神社 - Kureha Jinja -

 

前回は御祭神まで気が回っておらず、今回初めて仁徳天皇がお祀りされていることを知りました。

f:id:roy-7303-pkbs:20220920163008j:image

社殿の雰囲気からあまり古くない神社ではないのかと思っていたのですが、仁徳天皇の時代に創建となると4世紀末か~5世紀前半までとされていることから、相当歴史の古い神社になります。

 

そして、こちらが今回の参拝目的の恵美寿様のえべっさん

 

【恵美寿神社】
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163001j:image

拝殿でお参りをしようとふと目の前を見ると、面白い立札がありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163022j:image

『恵美寿大神様はお耳が遠うございますので、横手までお廻り願いお祈り下さいませ。宮司

とあります。

 

そんなこと初めて聞きました。

であれば、と左手に回ると・・・

ありました!

f:id:roy-7303-pkbs:20220920163011j:image

 

『叩き板 三度叩けば 幸ちきたる』

と書いてあり、木槌で三度叩いてお願い事をするシステムのようで、あとで宮司さんに伺った話ですと、これは大阪(関西だったかも・・・。)方式のようであまり大々的にはされていないようです。

大々的にしてしまうと、十日戎の日には長蛇の列となってしまいますもんね(^^;

ひっそりこっそり、気付いた方はえべっさんにより近い場所で聞こえるようにお願い事を(^^)


f:id:roy-7303-pkbs:20220920163005j:image

木々がとても豊かな境内。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162955j:image

f:id:roy-7303-pkbs:20220920163033j:image

稲荷大明神
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163030j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163036j:image

瓢箪山稲荷神社
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163039j:image

呉羽神社でまさかの瓢箪山稲荷神社

この半年ほどとても気になっている神社で、これはそろそろタイミングのようです。

ありがたし。

 

こちらは後ろにお社がありませんが、よく見てみると
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163027j:image

大きな岩がお祀りされていました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163043j:image

そばの木とセット。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162958j:image

こちらの岩のそばにある木は本殿の後ろ手にあり、ちょっと面白い一帯。

 

天満宮

f:id:roy-7303-pkbs:20220920163020j:image

天満宮のそばに、立札に『姫室への道』とあり奥には進めないようになっていましたが、呉服が納められた場所(=姫室)になるようです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162952j:image

この日は晴天。

朱塗りの御本殿とご神木がとても美しく、良きお参りとなりました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920163025j:image

えべっさんゲット!

f:id:roy-7303-pkbs:20220925141030j:image

 

前回参拝時には気付かなかった箇所が沢山あり、この5年で沢山の場に参拝させていただけていることに、今更ながらとてもありがたく感じました。

 

【大阪/豊中市】阪急沿線西国七福神巡り②圓満寺 福禄寿

大阪北の七福神巡りは2カ所で終わってしまいましたが、こちらの阪急沿線西国七福神巡りは阪急電鉄が大々的に宣伝されていますので、無くなることはなさそうです。

f:id:roy-7303-pkbs:20220920162716j:image

今回降り立った駅は蛍池駅

蛍池と聞けば伊丹空港が真っ先に思い浮かびますが、七福神巡りの福禄寿がおられる圓満寺さんが駅から徒歩5分ほどの場所にありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162713j:image

【本堂】

f:id:roy-7303-pkbs:20220920162709j:image

今回もシロンプトンはお留守番。

着物で参拝しましたが、まだまだ麻の着物が寿文気持ち良く感じる気候。

汗ばむほどの陽気でした。
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162718j:image

【鐘楼】
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162724j:image

こちらの木々の生い茂る一帯の横には

f:id:roy-7303-pkbs:20220920162728j:image

【松島大神】
f:id:roy-7303-pkbs:20220920162721j:image
稲荷神社でした。

 

福禄寿さんゲット!

f:id:roy-7303-pkbs:20220925141015j:image

自分でも充分わかっているつもりでしたが、私にはやはり蒐集癖があるようで、いずれ七福神が集まった暁には甥っ子へのプレゼントとなるのですが、どんどんと揃っていくこの状況がとても楽しく(笑)

まだ二福神ですが、阪急電車の上に七福神揃った姿を想像するだけで俄然やる気が湧いてきます。

出来ればシロンプトンでお参りしたく、であればどういった交通手段や経路で参拝すれば無駄なく回れるのか。

そんなことを考えている時間もまた楽しくもあります(^^)

 

あまり難しく考えず、楽しく参拝できれば、自分もそしてそれに関わる方々も気持ちが良いのではないのかと、ようよう分かり始めてきました。

 

どうにも頭が固く、まじめにやらねば感があるので、もっと自分を緩めても良いのかもしれません(^^;

 

後日、月一と私が勝手に決めている家族でのお参りで、新たな感じで家族での参拝が継続出来そうな流れになってきました。

家族で楽しめなければ意味がなく、いくら良いとは言われても嫌々参拝するのであれば、神様も自分も、そしてそれに関わる方々も気分良くありません。

 

様々な面で、『こうあらねば!』とコントロールしているのは誰よりも私なのですが、当の本人がなかなか気付かず、色々ぶつかって上手くいかなくなって、やっと自分のやり方に問題があったと気付く有様で、どうにもこうにも自分が経験して、納得せねば前に進めないのは相変わらずのようです(^^;

 

1人での参拝。

家族との参拝。

ジン友(神社参拝友達)との参拝。

そして、誰かの為への参拝。

 

参拝の形は人によって異なりますが、こうして誰かの為にお参りするのはとても清々しく、また新たな参拝方法の発見です。

 

何事も動かねばことは進みません。

f:id:roy-7303-pkbs:20220925162220j:image

私の『自分の経験が伴わなければ前に進めない』方法はとっても時間のかかるやり方ですが、牛の歩みのごとく焦らず、でも歩みを止めずに一歩一歩前進あるのみ。

 

次の駅は、えべっさんのいらっしゃる阪急池田駅~。

つづきます。

 

【大阪/北区】大阪北の七福神② 堀川戎神社 蛭子様とご神木

弁天さんの太融寺を後に、歩いて10分ほど。

着いた先はこれまた七福神えべっさん

 

【堀川戎神社】

 

f:id:roy-7303-pkbs:20220918132309j:image

御神木のあまりの迫力に、信号待ちで一枚。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918132320j:image

境内の中でも際立つ存在感。

 

先程の太融寺さんと同様、境内の周りにはマンションにビルにと都会の一画。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918132312j:image

御祭神は、商売繫盛の蛭子大神、医薬の神様の少彦名命、占いの神様天太玉命の三柱。

 

【榎木神社】
f:id:roy-7303-pkbs:20220918132252j:image

御祭神は、稲荷神社と言えばの宇賀御魂神と、初めて耳にした句句廼知神(くくのちのかみ)は木の精霊。

 

榎木神社は「地車だんじり)稲荷」とも呼ばれているようで、どおりでお社の見た目がお神輿のようだったわけです。

更にこちらのお稲荷さんの特徴的な所はまだあり、お稲荷さんの神使といえば狐が一般的ですが、こちらの地車稲荷の神使は狸。

地車の模型(奉納地車)や絵馬(狸が地車を曳く図柄)が所狭しと奉納されていた意味が、今ようやく分かりました(笑)

 

榎木神社と聞いてすぐに思い浮かんだのは、先程参拝したばかりの太融寺さんの境内。

同じく榎木神社がお祀りされており、同じ神社なのでしょうか。

 

こちらの根っこは、先程境内の外から写真におさめた巨木の御神木。

f:id:roy-7303-pkbs:20220918132259j:image

榎木神社の地車に合わせるかのように、今にも踊り出しそうな勢いの様相です。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918132302j:image

まるでお囃子に合わせて走っているかのよう。

榎木神社の御祭神は木の聖霊の句句廼知神。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918132316j:image

そのお社の近くに御神木。

どうにも関係がないとは思えず、句句廼知神が御神木に宿っているかのように感じました。

あくまでも私の勝手な想像ですが(^^;

 

それにしても、まさか大阪市の中心街でこんなにも立派な木に会えるとは予想もしておらず、久々の巨木に目茶苦茶テンションが上がってしまいました(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220918132306j:image

今回、偶然参拝の運びとなった太融寺さん。

その付近で、これまた偶然見つけた堀川戎神社。

ビックリしたことに、どちらも以前は大阪北の七福神巡りのうちの2カ所だということが分かりました。

ただ残念なことに、今はもうされていないようで、大阪北の七福神巡りは幻の七福神巡りとなってしまったようです。

f:id:roy-7303-pkbs:20220925145651j:image

ただし、太融寺さんは『なにわ七幸巡り(大阪天満宮住吉大社今宮戎神社、大念仏寺、四天王寺四条畷神社)』の一つとして、七福神巡りには名を連ねられております。

 

そんな訳で、大阪北の七福神巡りは2カ所でおしまいですが、それでもご縁がなければ参拝の運びとはならないことを考えれば、ご縁をいただけたということで、これはこれで良いのでしょう。

 

阪急沿線西国七福神巡りと並行して、10月は兵庫県七福神巡りを目論んでおり、まだまだ楽しみは尽きません。

 

そんな、私の生活に欠かせないお参り。

今まで続けてきたことへのご褒美とでもいうのでしょうか、今年に入ってから自分一人、もしくは家族でのお参り以外での参拝も増え、今回もありがたいことに一緒に参拝して下さる方に恵まれました。

 

私と同じ名前、そして星座まで同じの初めてお会いしたSさん。

そして、そのSさんとの仲を繋いで下さったYさん。

 

このあと、お参りにまつわる話しが尽きることなく、気付けば8時間ほどもご一緒することとなり、まさか私にジン友(神社参拝友達の意味でジン友と主人が勝手に命名しました。)が出来る日が来るとは。

 

何か邪な気持ちを持って続けてきたわけではなく、ただ純粋に昔から好きだった神社にお参りしてみようと退職後から始めた寺社仏閣巡り。

 

続けることで分かることがあり、逆に続ける必要がないことについては必然的に続けられない流れとなり、この辺りの話しはYさん、Sさんと激しく同意しながら話していたのですが、やはり続けることは私にとってとても重要な事の一つのように思います。

 

続けること繋がりで、昨夜、息子に久し振りに雷をドカンと落とし、『イヤな事を続ける難しさ』に親子共々直面したばかり。

 

私のお参りは好きな事だから続けてこれましたが、息子の勉強は真逆。

 

嫌な事を続ける努力。

嫌な事から逃げない努力。

 

避けては通れない道です。

 

好きだからこそ、努力をして続けることは出来ますが、逆はなかなか難しく。

未来の自分は今の自分の選択の積み重ね。

未来の自分に恥じないよう、今という時を親子共々くじけず・めげず・不貞腐れず積み重ねていきたいと思います。

 

私の勉強は好きだから出来るけど、息子の教科書は確かに全然楽しくない。。。息子よ頑張れ!(笑)

 

 

【大阪/北区】大阪北の七福神① 太融寺 弁財天

太融寺さんを知ったのは、宝山寺のブログをアップしてからのこと

shironpton.hatenablog.com

 

私と同じ名前の方が共通の友人を通して会いたいとおっしゃって下さり、何を早とちりしたのか、『一緒にお参りでも!』と選んだお寺がふと頭をよぎった太融寺

f:id:roy-7303-pkbs:20220918131716j:image

 

普通に考えれば、ランチやお茶ですよね・・・(^^;

そんなことも連絡をした後で気付いた次第。

それでも、共通の友人Yさんから『OK』の連絡を頂き、突っ走ってしまってゴメンナサイの気持ちとは裏腹に、嬉しいのも事実(笑)

 

太融寺さんは、木造の千手観音様が御本尊のようです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131713j:image

f:id:roy-7303-pkbs:20220918131721j:image

【本堂】
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131636j:image

真言が明記されており、せっかくですので三人揃ってご真言を唱えお参り。

 

太融寺は梅田のど真ん中。

周りは高いビルが建ち並ぶ中、どうしてこんなに木々が豊かなのでしょう。

 

【白龍明神】
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131641j:image

良いお顔の狛犬さんです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131710j:image

お社手前のお賽銭箱の紋は三つ鱗紋。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131705j:image

鱗から連想されるのは、蛇。

お社の白龍大神と繋がります。

 

狛犬・朱塗りの鳥居・鈴緒と神社の面持ちですが、お寺ということもあり香炉がありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131645j:image

こちらの白龍大神さんのお社の右手に、とっても人相の良いとでもいえば良いのでしょうか、思わずこちらも頬が緩んでしまいそうなお地蔵様がいらっしゃいました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131727j:image

こちらのお地蔵さん。

ビックリしたことに、立っているのではなく石に腰掛けていらっしゃいました。

揃えた両足がこれまた可愛い!

もう、色んな意味で衝撃的で、こんなに人間臭いというか愛嬌のあるお地蔵さんは初めてかもしれません。

境内で一番ホッコリする場所でした。

またお会いしたい。

 

龍大神のお社の後ろ手には、素晴らしい三つ又の木。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131656j:image

白石はまるで白龍大神様を表されているかのようで、木のそばには丸石。

私が勝手に呼んでいる、エネルギー循環装置のような配置。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131659j:image

境内の囲いが狭そうです。

まだまだ縦横無尽に駆け回りそうな勢い。

 

その木を後ろ手に豊臣秀吉の側室、淀君のお墓がありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131702j:image

小学生の頃に読んだ漫画の淀君がメチャクチャ勝ち気でおてんばで、でも美人さんというギャップに一気に淀君のファンになりました。

まさか数十年後にお墓にお参りすることになろうとは。

有り難いです。

 

こちらは側にあったこれまた見事な木。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131651j:image

水子供養のお地蔵様が側にいらっしゃり、祈りの形はこうして目に見える形となるのかもしれません。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131626j:image

境内は決して広くはないのですが、それでも都会独特の喧騒や気忙しさを感じることは全くなく、所狭しとギュギュっと空間が詰まった感じがしました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131648j:image

本堂の右手に回ってみると、
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131653j:image

ちょっと想像もしていなかった空間が広がっており、不動明王様がいらっしゃいました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131629j:image

その左手に弁財天様。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131623j:image

ここ最近のお参りで七福神さんとご縁のある場所が多く、今回も意図せずして弁財天様のお社。

 

今回初めてお会いするSさんにとって弁財天様必要なご縁ということも分かり、勢い余ってお寺での初対面となりましたが、これは既に三人で会うとなった時点でこのようになる運びだったのだと、毎回その場面に遭遇して気付かされます。

 

『必要な事は、必要な時に、必要な場所で起こる。』

 

もう、色々考えてもなるようにしかなりませんし、自分にとって必要のない流れは気付けば閉ざされてしまうのだということが今回のお参りで改めて分かりました。

あとは自分を信じきるだけ!

 

不動明王様の後ろには立派な洞窟があり、中に見えるのは戦前の不動明王様。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131707j:image

洞窟の頭上からは滝が流れており、ここが梅田だということがどうにも信じられません。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131633j:image

石の感じから、まだ真新しいと思われる石庭に巨大な亀。
f:id:roy-7303-pkbs:20220918131725j:image

実物を拝見した時もそうでしたが、写真で見てもお顔がハッキリわかります。

優しい目元に口元。

 

『石だけに意志』は駄洒落ではなく、音は一緒ですので発すれば一緒。

優しさの中にも、意志を感じるお顔でした。

太融寺は、空海さんが霊木から毘沙門天地蔵菩薩を刻んで草庵を結ばれたことが始まりとのことで、そんな知識は参拝後に分かったこと。

f:id:roy-7303-pkbs:20220922144343j:image

となると、石庭に月があったのであれば、星と太陽もあったのではと考えてしまいます。

f:id:roy-7303-pkbs:20220918131718j:image

 

さて、次なる目的地はGoogleマップで偶然見つけた七福神ゆかりの場所へ。

つづきます。

【大阪/豊中市】阪急沿線西国七福神巡り① 萩の寺 毘沙門天

奈良県宝山寺での参拝以来、俄かに気になり出した弁財天様。

shironpton.hatenablog.com

 

先日参拝に伺った大阪の観心寺でも弁財天様のおみくじが気になり、

shironpton.hatenablog.com

 

更には、先日伺ったお寺でも弁財天様がお祀りされており面白い流れ。

他にも色々な事が重なった中での極めつけは、月に2回訪れている豊中市に阪急沿線七福神巡りのお寺があることを知り、これも何かのご縁。

 

参拝に伺ってまいりました。

 

【萩の寺】

f:id:roy-7303-pkbs:20220906163913j:image

閑静な住宅街の中に突如として現れた橋。

ちょこんと座っている像は、何やら思索にふけっているようです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163745j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163811j:image

萩の寺というだけあって、萩まつりが毎年開催されているようで調べてみると本日9月18日~25日までの開催とありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163901j:image

お花はまだチラホラでした。
お砂踏みの霊場がありましたが、毎年4月29日~5月5日までの開催となるようです。

f:id:roy-7303-pkbs:20220906163920j:image

 

【あごなし地蔵大菩薩
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163827j:image

 

名前から、てっきり顎が無いお地蔵様なのかと思っていましたが、全くの見当違いだったようです(^^;

平安初期の参議で歌人としても名高い小野篁卿が承和5年(838)12月、隠岐の島へ流されたときに阿古という農夫が身の回りの世話をしました。

ところがこの阿古は歯の病気に大層苦しんでいたので、世話になったお礼にと、篁卿は代受苦の仏である地蔵菩薩を刻んでこれを授けました。阿古が信心をこらして祈願するとたちまち病が平癒し、卿も程なく都へ召し返されたので、奇端は偏にこの地蔵尊の加護したまうところと、島民の信仰を集めました。

その後、仏像は島の伴桂寺にまつられ「阿古直し」がなまって尽には、「あごなし地蔵」と呼称されるに至ったといわれています。

 

『阿古直し』が訛って、『あごなし』。

これは分からないですね(笑)

 

【東照閣】
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163930j:image

 

東照で思い付くのは、日光東照宮

てっきり関係があるのかと思っていましたが、こちらも先程のあごなし地蔵大菩薩と同様大ハズレ(^^;

 

元川崎東照宮の本地堂(寺院の本堂にあたる)になるそうで、将軍徳川秀忠公の上意を請けた大坂城松平忠明公により創建されたと萩の寺のHPに記載がありました。

 

この日は午後から台風予報で、結果台風は熱帯低気圧へと変わりましたがそれでもこの雲行き。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163857j:image

雨がいつ降るかとドキドキしながらの参拝です。

 

こちらはホワイト・ブッダと言われる釈迦如来白仏像。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163742j:image

仏教交流のあるスリランカから贈られた仏像とありました。

 

そして、こちらの本堂にお祀りされている毘沙門天様が阪急沿線七福神巡りの一神であられます。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163801j:image
お祀りされている毘沙門天様は、大阪最古の「西国七福神霊場」御本尊となるそうです。

 

手前には宝船七福神像がありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163821j:image

 

神社でお見掛けする狛犬さんと言えば、参道を歩いてくるものを見ているかのような視線が大半かと思うのですが、こちらの狛犬(?)さんは見ている方角が真反対の外側。

外向きに首をかしげているかのようなポーズ。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163916j:image

今までお見掛けしたことはないようなタイプでした。

 

なかなかキリリと強面さん。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163808j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163735j:image

【納経所】
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163739j:image

少し小さくて見え辛いですが、手を合わせた小さいお地蔵様は水子地蔵。

手つきがとても可愛らしく。メチャクチャ愛らしいお姿でした。

 

と思いきや、その奥には真っ赤に燃えたぎる炎を背景にしたお像。

【道了大権現石仏像】
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163757j:image

『二礼二拍手、一礼一拝』と、とても珍しい参拝方法。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163804j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163824j:image

石像のお姿からして、てっきり不動明王様かと思っていましたが、またしてもハズレでした(笑)

 

道了大権現は、名を妙覚と号し、修験道の奥義を極め、神変自在の神力を現した室町時代の禅僧で、小田原の大雄山最乗寺の開山・了庵慧明(りょうあんえみょう)禅師に随身していましたが、応永18年(1411)了庵禅師遷化の翌日、山門守護を誓願、天狗に化身して神籍に加えられた仏様です。関東地方では「小田原の道了さん」と呼ばれ、畏敬され信仰されています。

 

元々は禅僧で神通力を現わされ、天狗に化身されて神籍に加えられとあります。

なるほど道理で、絵馬の道了大権現はどう見ても天狗。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163910j:image

f:id:roy-7303-pkbs:20220906163817j:image

せっかくですので奉納させて頂きました。

 

さてここで自分へのお参りはおしまい。

ここからは、電車大好き甥っ子へのおばちゃんからのプレゼント作戦。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163924j:image

阪急沿線にある七福神縁のお寺へ参拝すると、上記のような七福神のマスコットがいただけます。(指定の大福帳への御朱印と合わせて300円)


f:id:roy-7303-pkbs:20220918155035j:image

f:id:roy-7303-pkbs:20220918155100j:image


f:id:roy-7303-pkbs:20220906163732j:image

そしてそして、七福神全てが揃った暁には、該当場所で七福神を乗せる宝船ならぬ、阪急電車のミニチュアが頂けるという、電車好きにはたまらないシステム。

電車コース以外にも、左手の金盃コースもあり、自分用のお参りであれば迷わず商売繁盛の匂いがプンプンする金盃を頂きますが、今回は勝手に私が甥っ子孝行を企んでいるので電車コース。

 

阪急沿線にはまだまだあと数年はお世話になりそうですので、いずれ金盃コースも良いかもしれません。

阪急電鉄、商売上手!(笑)

 

【南無大金光明最勝王経の写経塔】
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163814j:image

 

『金光明最勝王経』とは奈良時代鎮護国家の経として重んじられた経典の『金光明経』の漢訳となるそうで、こちらの写経塔の台座の中には、金光明経を施主一人ずつが一石一字ずつ彫った白く丸い碁石ぐらいの小石が納められているとありました。

 

一石一字とは、気の遠くなるような月日を想像してしまいますが、実際完成まで17年~18年かかったとあり、もはや修行のようです。

 

そして、その側の草むらに見つけてしまいました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163754j:image

狛犬さん。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163934j:image

こちらは見事にかくれんぼ成功(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163907j:image

萩まつりの期間中はこちらの萩が養生されている門扉が開錠されるようで、中に入ってお花を堪能することが出来るそうです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163841j:image

【北向延命地蔵尊】

f:id:roy-7303-pkbs:20220906163834j:image

 

本来の御仏のお祀りの方位とは逆。お地蔵さま自体が下座(南)に下り、お参りされる方を上座(北)に据えるという、珍しい“方違い”のお地蔵さま。

このお地蔵さまの前に立ち一心に合掌・礼拝すれば、瞬時にして仏の位に昇るとされ、大きなご利益を授かると伝えられています。

萩の寺公園「えんめいばし」命名ゆかりのお地蔵さま。

 

橋の上で思索に耽っていた石像があったのが『えんめい橋』

延命地蔵尊へと延びる橋だったのですね。

 

それにしても、側にある銀杏の木の立派なこと。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163904j:image

まさに延命地蔵様に延命して頂いているかのよう。f:id:roy-7303-pkbs:20220906163854j:image

オン・カカカビ・サンマ・エイ・ソワカ

 

こちらは、その延命地蔵尊が命名されたえんめい橋の下にある萩の寺公園の楠。

f:id:roy-7303-pkbs:20220906163837j:image

これまた見事!

そばに寄りたかったものの時間がなく断念。

 

足早にいつもの最寄り駅へ。
f:id:roy-7303-pkbs:20220906163831j:image

今まで全く気付きませんでしたが、いつも使用しているエスカレーターに萩の寺の看板がありました。

 

こんなに目立つのに今まで全く気付かないだなんて、つくづく人は見たいものしか見ない生き物(私だけ?)だと痛感します。

 

今回参拝させていただいた萩の寺は奇しくも一番札所で、幸先の良いスタートの予感。

七福神を巡り、最後に結願印をいただけるのは一番札所の萩の寺のみ。

 

また近いうちに参拝させて頂くことが出来そうです。

1度目で気付かなくとも、繰り返すことによって気付くことがあると日々の勉強で痛感しており、2度目の参拝では新たな発見があるのでしょうか。

楽しみです☆

 

【大阪/河内長野市】楠公さんの学びの場、日本三大如意輪観音 観心寺

次なる目的地へ向かう道すがら、キレイな水を見ると『カニカニや』と大騒ぎする息子。

いました!

f:id:roy-7303-pkbs:20220829074437j:image

こちらが遊んでいるのか、遊んでもらっているのか(笑)

 

さて、カニさんとサヨナラした後は今日の一番の目的地へ。f:id:roy-7303-pkbs:20220829074452j:image

こちらの凛々しい銅像は、私の撮影技術に難ありですが楠木正成公。

楠公さん!

 

観心寺
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074405j:image

 

観心寺を知ったのは、数年前の神呪寺での境内。

shironpton.hatenablog.com

 

御本尊の如意輪観音は日本三大如意輪観音に数えられており、全て関西圏。

 

兵庫県西宮市の神呪寺

大阪府河内長野市観心寺

奈良県宇陀市室生寺

 

残るは奈良県宇陀市室生寺のみ。

出来れば年内には参拝させていただければと思います。

 

今回どういった経緯で観心寺楠公さんの繋がりに気付いたのかは、もう自分のことながら記憶も定かではないのですが、知った時の驚きたるや筆舌に尽くしがたく。

もうこれは早々に参拝させていただかなくてはとGoogleマップで場所を確認したところ、瀧谷不動尊と同じ河内長野市

有り難いタイミングに、嬉しさ倍増でのお参りです。

 

さて、境内に戻って観心寺はお花のお寺だそうで、こちらの木の札のお花は絵ではなく彫り物。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074513j:image

見事としか言いようのない彫り物。

朱色の楼門と相まって、入り口からとても華やかです。

 

【手水舎】
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074446j:image

境内は木々が多く心地の良い空間。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074402j:image

観心寺楠公さんが8歳~15歳まで仏門や学問を学ばれたお寺。

楠公さんの礎となる場所ではなかろうかと思われます。

そんな予備知識もあり、もっとピリッと張り詰めた雰囲気のお寺かと想像していましたが、
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074352j:image

お堂の中も、境内もとても柔らかな雰囲気。

 

お香はご覧の通り立てるのではなく、寝かせて置く形状で初めて見ました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074347j:image

火傷の心配が無くて良いですね。

 

御本尊の如意輪観音様は4月17日、18日のみ開帳の秘仏
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074833j:image

阿字観が出来るそうで、ちょっと気になります。

いや、だいぶです(笑)

 

お堂の中の全体像を撮り忘れてしまっていましたが、畳敷きになっており、この空間がおばあちゃんの家に来たような、ゴロゴロここで寝てしまいたくなるような、それはそれはとても心地の良い空間で、その感覚はどうやら私だけではなかったよう。

残る家族3名も、畳に座って『なんか落ち着くなー。』と、なかなか動く気配がなく、出来ればそのまま4人で雑魚寝をしてお昼寝をしたかったくらいです(笑)

 

さすがにそんな失礼な事はしませんが、本当に心地の良い空間でした。

お堂内には、授与品が置かれており私と息子が間髪入れずに『これ!』と頂いて帰ったのはこちらの七福神のおみくじ。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074819j:image

私はここ最近とっても気になる弁財天さんで、息子は一目見て気に入ったと毘沙門天さんをいただいてきました。

 

あとで知りましたが、楠公さんは毘沙門天の申し子と言われているそうです。

 

金堂のそばに弁天堂がありました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074822j:image

一言お断りを入れて、マイ弁財天様と一緒に撮らせていただきました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074344j:image

菊水紋は楠家の家紋。

菊は言わずもがな天皇家の家紋。

 

弁天堂より御本尊がお祀りされている金堂を望む。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074355j:image

弁天堂の右手には阿弥陀堂
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074449j:image

その隣にある御影堂、行者堂、納骨堂の周りには、
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074517j:image

このように番号の書かれた石畳が敷き詰められており、お砂踏みが出来るようになっていました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074408j:image

更にその右手には、楠公さんが忠誠を誓った南朝後醍醐天皇の嫡男、後村上天皇陵へと続く石階段。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074804j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074443j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074421j:image

 

後村上天皇陵へと続く石階段の途中に観心寺を創建された【道興大師御廟】

 

空海十大弟子の一人。 俗姓は佐伯氏、讃岐国の出身で空海の一族。檜尾僧都・道興大師とも称される。初代東寺長者とされている。

【出典元:実恵 - Wikipedia

 

静かな場所でお休みになられています。

f:id:roy-7303-pkbs:20220829074440j:image

こちらは、立札を見て息をのんでしまいましたが楠木正成公の首塚
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074418j:image

側にある文字の意味が気になり調べてみました。

 

非利法權天(ひりほうけんてん)

『非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たぬ』

という意。

天道に従って行動すべきであるということ。

 

楠公さんが旗印とされていたそうです。

 

どこまでも格好の良い楠公さんです。

 

【本願堂(開山堂)】

f:id:roy-7303-pkbs:20220829074341j:image

【建掛堂】
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074411j:image

 

金堂付近のお堂を全て拝観し、ベンチで気持ち良くうたた寝していた主人と娘と合流。

不思議大好きな息子は、気付けば参拝の途中から私の後を付いてきており、私にちょっと面白いものがあるから付いてきてと向った先にあったのがこちら。

f:id:roy-7303-pkbs:20220829080104j:image

北斗七星如意輪曼荼羅【星塚霊場

f:id:roy-7303-pkbs:20220829074807j:image

本来であれば、一の貪狼星から始まるのですが、またしてもここでお寺の方から息子が声をかけられ、ここ観心寺の星塚と空海さんとの関係、そこから繋がる高野山法隆寺の話しへと色々と詳しく説明して下さいました。

観心寺高野山の真北に位置するいわば高野山の守護のような存在。

聞いているだけでワクワクが止まらず、息子にかこつけてメチャクチャお話しを聞かせて頂きました。

 

そんなこともあり、写真は見事に撮り忘れ(^^;

 

二の巨門星から。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074456j:image

三 禄存星
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074506j:image

三までは平坦な場所でしたが、ここから金堂裏手のお山へと入っていきます。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074431j:image

四 文曲星
f:id:roy-7303-pkbs:20220829080100j:image
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074500j:image

五 廉貞星

六 武曲星
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074813j:image

七 破軍星
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074414j:image

七つの星塚を巡った後の総仕上げ。

鎮守堂である訶梨帝母天堂へ参拝して、星塚巡りは一巡となると伺いました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074503j:image

年の初めに星塚巡りをすることによって一年の厄を祓えるとのことで、私達家族は8月での星塚巡りでしたので今年残りの4か月の厄祓いとなっていればありがたく。

年明けにまた参拝下さいと、お寺の方にお声がけいただきましたのでまた参拝に越させていただこうと思います。

 

それにしても、星田妙見宮、堀越神社、そしてここ観心寺と、今年に入って北辰に関係する事柄に見事に繋がります。

この流れを大切に、素直に従っていこうと思います。

 

ふと見ると、またしても奇怪な動きのこの方(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074829j:image

いつ見ても楽しそうというか、面白い(笑)


f:id:roy-7303-pkbs:20220829074826j:image

霊宝館付近で先程お声掛け頂いたお寺の方にお会いし、霊宝館にも寄らせて頂きました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074520j:image

館内は撮影禁止でしたが、こんなに素晴らしいものをこんなに間近に拝観させて頂いて良いのだろうかと、それこそ写真を撮るよりも目の前の仏像や楠公さん縁の品々に目が釘付け。

 

霊宝観の先、一番奥まった場所にある【恩賜講堂】
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074801j:image

中に入ることは出来ず、どういった類のお堂なのかは参拝時には分からなかったのですが、昭和天皇より下賜された部材で建てられたお堂のようです。

 

昭和3年(1928年)、京都御苑で行われた昭和天皇即位の大礼。

その際に建てられた大饗宴(きょうえん)場の木材や装飾品が下賜され、この講堂が建てられた。橿原神宮関西大学にも下賜され、会館などが建てられたが、既に解体されており、当時の饗宴場の姿をうかがわせるのは観心寺の恩賜講堂だけになっている。

 

www.nikkei.com

 

橿原神宮にも下賜されていたとあり、橿原神宮と言えば、橿原神宮の創建に関わられた明治天皇

明治天皇吉野神宮の創立を仰せられ、吉野神宮の御祭神は後醍醐天皇

楠公さんが忠誠を誓った後醍醐天皇

 

その楠公さん縁のお寺に、明治天皇の孫であられる昭和天皇より下賜された

部材は、橿原神宮にも下賜されており、時を経ても残るものは『思い』ということに、気付かされます。


霊宝館付近には、このような石像が点在していました。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074816j:imagef:id:roy-7303-pkbs:20220829074434j:image

全くの無知ですので、どういった石像なのかは分からないのですが、息子と二人『アジアっぽい。』という一言で落ち着きました(笑)f:id:roy-7303-pkbs:20220829074810j:image

こちらの場所では月に数回占いが開かれているようで、この日はその数回ある占いの日だったようです。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074338j:image

気になりましたが、今日は家族での参拝。

待たせるわけにはいきませんので、またいつの日にかご縁があれば。

 

参拝も終わり、これからアイスを買いに行くと聞いてご機嫌な息子の後ろ姿。
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074427j:image

この方から楽しみを奪ってしまっては何も残りません(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074424j:image

楠公さんのお寺で、ご機嫌な一日となって良かった。

また飛んでる(笑)
f:id:roy-7303-pkbs:20220829074349j:image

 

観心寺の創建は役行者

そのおおよそ100年後に空海さんが国家の安泰と国民の厄除の為に如意輪観音菩薩を刻んで本尊とされ、更にそのおおよそ500年後に幼少期の楠公さんが学びを深められた場所。

長い年月をかけて伝えられてきたものは、きっと『思い』

その思いを、感じられたような良きお参りとなりました。

 

楠公さん、ありがとうございました☆