シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【大阪/天王寺区】真田幸村ゆかりの地、安居神社

一心寺から今宮戎神社へと向かう道すがら、反対車線に見えた鎮守の杜がとても気になり、廣田神社から天王寺へと戻る道中で立ち寄りました。

 

安居神社

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御祭神は、少彦名神菅原道真公。

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菅原道真公がお祀りされているので天満宮ですね。

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そして気になるのが、『真田幸村戦死の地』の文字。

戦国武将にはとんと疎いですが、名前だけは耳にしたことがあります。


さて、そんなことを考えながらも目の前を走る国道25号線の車の数に圧倒されつつ、境内へ。

早々に都会とは思えない木々の豊かさに驚かされます。
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参道の案内板の指す方へと進んでいくと、建物と建物の間に細い路地がありました。

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左にビル、右手にはお寺。f:id:roy-7303-pkbs:20220603225409j:image
一番奥に安居神社の入り口がありました。
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扉を抜けるとすぐ左手には鳥居。
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既に良い気配しかしない境内。

 

予想通り、鳥居をくぐってすぐ目の前には圧倒される枝ぶりの木がお目見えです。
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母も都会の喧騒とは打って変わっての神社の境内にただただ驚いていました。

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狛犬さんは年代を感じる面持ち。
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笑顔が爽やか!
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天満宮といえばの撫で牛さんもいます。
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真田 信繁(さなだ のぶしげ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。真田昌幸の次男。通称は左衛門佐で、輩行名は源二郎(源次郎)。真田 幸村(さなだ ゆきむら)の名で広く知られている。

豊臣方の武将として大坂夏の陣において徳川家康の本陣まで攻め込んだ活躍が、江戸幕府や諸大名家の各史料に記録され、「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と評される。

 

真田幸村」の名が広く知られているが、諱は「信繁」が正しい。直筆の書状を始め、生前の確かな史料で「幸村」の名が使われているものは無い。信繁は道明寺の戦いで勇戦した家臣6名に対して、将棋の駒型の木片に戦功を書き記した感状を与えている

【出典元:真田信繁 - Wikipedia

 

お参り時には気付かなかったことが沢山出てきました。

 

まず、真田幸村は豊臣方。

そして、道明寺の戦い。

 

先月、数年振りに会った友達がたまたまTVで見た道明寺が気になり、話しの流れで私も一緒に道明寺への参拝予定。

 

道明寺のある土地には応神天皇陵。

先日参拝したばかりの亀岡市の篠村八幡宮の御祭神、誉田別命から続く長れ。

 

この時点で、もう色々と繋がり過ぎて頭が混乱していますが、流れに抗わず一つ一つを進めていくだけ。

落ち着け、私(笑)

 

キリリとしたお姿の真田幸村銅像
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椅子での生活が当たり前となった現代で、銅像のような立て膝座りを見ることはありませんが、こうして見てみると格好良いものですね。

ただ、ちゃぶ台でこの座り方でご飯を食べる息子を見たら間違いなく『お行儀悪い!』と言いますが(笑)

 

そばにあった木と岩。
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奥には稲荷神社。
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金山彦神金山姫神淡島大神
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(後ろからこっそり母を隠し撮り。母も廣田神社私を隠し撮りしていたようで、こんなところに遺伝を感じます(笑))

 

右手には何やら古墳のようにも見える箇所と注連縄を張られた木。

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ミステリー好きな息子がいれば、ここで脳内妄想が暴走して大はしゃぎになりそうなこの不思議な一帯。
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色々調べてみると、『真田の抜け穴』という伝説があるそうで、戦の際の脱出用に何カ所も地下道を掘ったという噂があるのだそう。

安居神社も例外ではなく、ただ石積みで固められその上に稲荷神社が出来てしまったそうで確認が出来ないと、こちらの記事には書かれていました。

news.yahoo.co.jp

 

社務所御朱印を頂こうとふと見ると、『かんしずめの井(安井の清水)』の文字。
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以前は霊水が出ていたようですが、現在は枯渇の状況にあると書かれています。
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上からのぞいてみると、確かに水源のような箇所が見て取れました。

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近所の茨木市の疣水磯良神社でも同様の話しを宮司さんからお伺いし、数年にわたる茨木ダムの工事の影響ではなかろうかとのことでした。

shironpton.hatenablog.com

 

shironpton.hatenablog.com

 

天からの恵みの水を人間がコントロールする傍で、水源が断たれる。

恵みの水も多すぎれば災害にもなりますし、治水問題は今も昔も人間の苦しみの元なのかもしれません。

上手く自然と調和して生きていくことが出来れば一番良いのですが、こうも不自然な世の中になってしまってはそれも難しいのかもしれません。

 

神社庁の標語が新しくなっていました。
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拝殿や本殿に神鏡が置かれているところもありますし、その前に立つと自然と姿勢が正される、伸びるような気がします。

日々の生活の行いが全て形となって鏡の前にさらけ出されると思うと、いかに日常が大切であるかということを思い知らされます。

『チョコレートを控えよう・・・。』は、見た目だけの問題(笑)

 

社務所のそばに所狭しと並べられた絵馬の中に、漫才師の霜降り明星せいやさんの絵馬がありました。

宮司さんの心遣いが素敵です!
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御朱印を頂きました。

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左上の丸が6つの紋は真田家の家紋『六文銭

 

このあと、初のアベノハルカスで母とお昼ご飯。

お支払いは母が受け持ってくれて、カードで支払い。

お金の形態も随分と変わってきました。

六文銭の家紋を見ながら、電子マネーの現代はどこへ向かっていくのだろうとふと思いました。

 

個人の所有から、皆で共有へ。

身軽な世の中になることを願って。