シロンプトンでパンとお参りと

ブロンプトン(白)でふらりとお参り、そしてパン。

【京都】今宮神社 弁財天の木々と花傘繋がり

東門から境内へと入っていた時はあまり気にもとめていなかった箇所がありました。

東門入って左手すぐの宗像社。

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楼門から見ると、入ってすぐ右手に東を向く形で配されているお社です。

 

ここのお社の何に惹かれたかと言うと、この木の根。
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お社の礎石にあたる部分にナマズの絵があると立札に記載があり見て見ると、
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消えかかってはいますが、確かにナマズの絵のようなものが見てとれます。
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ナマズは弁天様(宗像社)のお遣いだそう。

 

さて、お社前のご挨拶は早々に周りの木々と戯れます。

石の柵はもう無意味な木の根(笑)

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こちらの木の根もすごい生命エネルギー。
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上部も雄々しい感じ。
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まだまだ宗像社の周りには素晴らしい木が沢山。
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この木の根の側に石で囲まれた溜め池の跡のようなものがあり、水が引かれていたのではないかと思われます。
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楼門よりも、この木の根の素晴らしさにちょっと興奮気味(笑)

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こちらの木の根もすさまじく、
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上部は思うがままに捩じれ、二股に分かれていました。
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橋が架かっていることから、やはり水が引かれていたのではないかと。
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素晴らしい木はまだまだ続きます。
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枝の湾曲っぷりに目がいきました。
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こちらの木は、木の皮が鱗模様のようになっていました。

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宗像社の側には神馬舎。
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東門から、宗像社の全景を見ると、
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朱塗りの橋に、水(池、川)とくればな弁天様のお社。

一見、何の変哲もない小さなお社のようなのですが、見るとその場に入るでは全然違うと実感した宗像社周り。
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今宮神社の境内で、一番心惹かれた場所でした。

 

境内でもう一か所目を惹いた場所はお手洗い裏の木々達。
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御手洗いの裏手には立ち入れないようになっていたので詳細は分からないのですが、この一帯も木々のエネルギーを強く感じました。

 

さて、今宮神社の境内を後に、楼門から目の前の道を南下していくと両脇に狛犬さん。
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むかしむかしは、この辺りは今宮神社の参道だったのかもしれません。

 

頂いた御朱印に薄紙が一緒に挟まれていました。

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見るからに花傘。

先程お参りした玄武神社の玄武やすらい祭りで使用されるのは、花傘

無形文化遺産の玄武やすらい祭りの花傘は、玄武神社が発祥の地

 

少し気になり調べてみました。

 

現在は、今宮神社(紫野今宮町)、玄武神社(紫野雲林院町)、川上大神宮(西賀茂南川上町)、上賀茂(上賀茂岡本町)の4つのやすらい踊保存会によって伝承されており,踊りかたや囃子言葉はそれぞれの保存会により相違する。

やすらい祭の発祥は、玄武神社であるとされる正式な書物が玄武神社に保管されている。玄武神社では「玄武やすらい祭」「正統やすらい祭り」といわれている。

 

花傘を使用するやすらい祭りは、今宮神社、玄武神社、川上大神宮、上賀茂神社で個別に保存会が存在するよう。

その4つの中で発祥元は玄武神社とあります。

更にWikipediaの説明は続きます。

 

毎年4月の第2日曜日(上賀茂のみ、葵祭と同じ5月15日)に行われる。花傘を先頭に、風流(ふりゅう)の装いを凝らして、鉦(かね)や太鼓をたたき、踊りながら氏子区域をくまなく練り歩き,疫病を納める最後に神社に参拝して(それぞれの保存会により相違する。)、無病息災を祈願する

囃(はや)したり踊ったりするのは、豊かな稲の実りを祈るとともに、花の精にあおられていたずらをして回る疫神を、踊りの中に巻き込んで鎮めるためといわれている。 

今宮やすらい,川上やすらい,上賀茂やすらい(今宮遥拝)は,今宮神社の疫神(やくじん)を参拝する。

玄武やすらいは,今宮神社の疫神(やくじん)を参拝は行わない。 祭の行列は、「練り衆」と呼ばれる。旗、榊台(さかきだい)、唐櫃(からびつ)、鉾、御幣(ごへい)などの後に、花傘を先頭に20名(各保存会により人数は相違する。)ほどの踊りの一団が続く。この一団には、世話役のほかに、間鼓(子鬼)、大鬼(鉦、太鼓)、囃子方(笛)がおり、赤毛・黒毛の鬼たちが、笛や太鼓のお囃子(はやし)に合わせて、長い髪を振り乱しながら、「やすらい花や」の掛け声とともに踊り、練り歩く。

【出典元:やすらい祭 - Wikipedia

 

花傘を先頭に、疫病を治めるやすらい祭り。

玄武神社で宮司さんがやすらい祭りを開催できないこともどかしさをおっしゃっていましたが、

 

『コロナ禍だからこそ!』の想いと、

『コロナ対策としてやらねばならないこと』

 

の狭間での判断は、宮司さんとしてとても苦しいものだったのではないかと思います。

 

それにしても、偶然と笑ってしまえばそれまでですが、偶然お参りした神社が花傘で繋がり、その花傘が象徴することは疫病を治めるということ。

それもこのコロナ禍での計らい。

 

心憎い演出に、『やはりこれだからお参りは止められない・・・。』と思わずニヤリとしてしまう瞬間です。

 

さて、このあと京都駅で娘と合流する予定が、せっかく南下したのであれば西院春日神社に立ち寄って、前回お参りに行った西院野々宮神社の御朱印を頂いてくれば良いのではなかろうかと、ちょっと欲を出して西院へ。

shironpton.hatenablog.com

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西院野々宮神社を後に、気付けば前回同様西京極の川沿いへと辿り着くと13時過ぎ。

いい加減お腹も空き、これまた前回と同様同じベンチでおにぎりを食べることに(笑)
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このカラスが、妙に私と距離を詰めてくるのです。
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この雀も(笑)
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妙な距離で近づいてくるカラスは目が合うと、後ろにピョンと下がるものの逃げるでもなく、また近寄っての繰り返し。

 

私のおにぎりが欲しいのは一目瞭然。

 

久我神社の八咫烏で親近感のようなものを感じていたこともあり、少しですがおすそ分けしておきました。

 

さてさて、娘と京都駅での合流はもう間に合うわけもなく、ここまで来たら帰れるところまで自転車で。
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高槻です(笑)
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この芥川沿いの坂道を上がればあともう少し。

 

今宮神社から自宅まで40キロ弱。

帰ってこれました。

京都駅から今宮神社までの走行距離を含むと、この日で50キロ程走ったことに。

 

京都から自宅まで自転車で帰ること2回。

意外と出来るもんですね(笑)

 

頭で考えるよりも、まず動く。

私に足りない要素を、こうやってお参りすることで補っているような気がします。

 

 

【京都】今宮神社、唐崎の松で唐崎神社と繋がる

さて、久我神社を後に雲に導かれるまま着いた先には、森のような場所がありました。

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どうやら、あぶり餅といえばの今宮神社に着いたようです。

 

狛犬さん


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確か、まだ娘がベビーカーに乗っていた頃なので10年は前になるでしょうか。

参拝の記憶が曖昧で、境内がこんなに立派だったことに今更ながら驚きました。

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拝殿裏手の木々がとても元気です。

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拝殿の左手に、摂社とは思えないくらいに立派なお社がありました。

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織姫神社f:id:roy-7303-pkbs:20210228180918j:image

なんとも清々しいお顔の狛犬さんです。


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織姫様といえば、交野市の機物神社の織姫様や、同じく交野市の星田妙見宮の御神体は織女石(たなばたせき)。

更に池田市にある呉羽神社も織物の神様。

 

shironpton.hatenablog.com

 

shironpton.hatenablog.com

 

kidoki-123-kimono.hatenablog.com

 

養蚕を日本に広めた秦氏

今宮神社の立派な織姫神社秦氏との関係を強く感じます。

 

織姫の織る布は五色(白、黒、赤、青、黄色または金)に光り輝くと言われており、五色は陰陽五行の五色と対応します。

龍も白龍、黒龍、赤龍、青龍、黄龍の五色。

 

お社の右手に大きな石があり、少し気になりました。
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秦氏といえば、松尾大社伏見稲荷大社氏神であり、松尾大社伏見稲荷大社=磐座信仰。

あまりに安易かもしれませんが、難しく考える必要はなく、意外と単純なのかもしれません(^^;

 

極めつけのように拝殿の後方をぐるりと取り囲むかのように石垣があり、とても丁寧にお祀りされているような感じを受けました。

 

その織姫神社の左手には、ご覧の通りズラリと摂社が。

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先に進むと稲荷社。

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織姫神社の近くに稲荷神社があるだけなのですが、織姫、岩、稲荷神社と面白いように並べば秦氏との繋がりを強く感じてしまいます。

 

境内より少し高い位置からの景色。
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先程の稲荷社が見える場所に、また稲荷社。

【地主稲荷社】
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こちらの地主稲荷社は今宮の地を護るお社のようです。

 

そのお社より階段を上った先には

【月読社】
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月読社のある場所は今宮神社の境内で一番高い場所に位置し、振り返るとこの景色。
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 【楼門】f:id:roy-7303-pkbs:20210228180928j:image

私はどうも正面から入ることが少なく、東門から境内へ入っていたようです(^^;

 

こちらの狛犬さんは、筋肉隆々タイプですね。


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楼門の荘厳さにふさわしい感じがします。

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【御祭神】

《本殿》

 ・大己貴命(おおなむちのみこと)

 ・事代主命(ことしろぬしのみこと)

 ・奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)

 

本殿の西側の疫神社には素戔嗚尊がお祀りされており、今宮神社がこの地に出来るまでは、素戔嗚尊が先にお祀りされていたようです。

 

現在の今宮神社がある土地には、794年(延暦13年)の平安遷都以前から疫神スサノオを祀る社(現在摂社疫神社)があったとされる

平安遷都後にはしばしば疫病や災厄が起こり、神泉苑上御霊神社下御霊神社、八坂神社などで疫病を鎮めるための御霊会が営まれた

994年(正暦5年)にも都で大規模な疫病がはびこったため、朝廷は神輿2基を造って船岡山に安置し、音楽奉納などを行った後、疫災を幣帛に依り移らせて難波江に流した。民衆主導で行われたこの「紫野御霊会」が今宮祭の起源とされ、京都の他の都市祭礼と同じく災厄忌避を祈願する御霊会として始まった。

1001年(長保3年)にも疫病が流行したことから、朝廷は疫神を船岡山から移し、疫神を祀った社に神殿・玉垣・神輿を造らせて今宮社と名付けた。

大己貴命(おおなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)、奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)の三柱の神が創祀された。疫病が流行るたびに紫野御霊会が営まれ、やがて今宮社の祭礼(今宮祭)として定着して毎年5月に行われることとなった。

 

【出典元:今宮神社 (京都市) - Wikipedia

 

東門から境内に入った時から気になっていたこの一帯。

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楼門の正面に位置し、この一画だけ境内の様相とは異なります。

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松の木が頭上高く伸びており、ずっしりどっしり幹が太く横に伸びていく松の木とは品種が違うのでしょうか。

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ここまで背の高い松の木は見たことがなく、更に松葉が生い茂っていません。

枝が伸びるというよりも、幹が上に伸びていくことに意味があるかのような姿。

 

立札に『唐崎の松』とあり、唐崎といえばすぐ思い浮かぶのが滋賀県大津市にある七瀬祓所の一つである唐崎神社!

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shironpton.hatenablog.com

 

その唐崎神社から導かれるかのように、

京都市下鴨神社内の井上社、そして同じく京都市の六角堂、その延長線上の高槻市にある三島鴨神社。

shironpton.hatenablog.com

その境内には唐崎神社があり、2019年から唐崎神社は私にとっての一つのキーワードのよう。

 

先日、やっとお参りに行くことが出来た六角堂内で唐嵜社を見つけた時は、本当にビックリしました。

shironpton.hatenablog.com

 

とりあえず、繋がっただけでこれが一体全体何の意味を成すのかは私には到底分かりませんが、知識としてではなく、その場に行くことに意味があるような気がしています。

 

その唐崎神社の松の木が今宮神社に植えられており、拝殿手前で空高く伸びていく様はまさに天然の鳥居のよう。f:id:roy-7303-pkbs:20210228180644j:image

 

思わぬところで唐崎神社との繋がりを発見しました。

ここまで連れてきてくれた雲に感謝。

 

境内はまだまだ見どころが沢山あります。

つづきます。

【京都】久我神社、樹齢600年の御神木

玄武神社から北上した先で出会った神社。

 

賀茂別雷神社 境外神社【久我(くが)神社】

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【御祭神】賀茂建角身命 (かもたけつぬみのみこと)

賀茂県主(賀茂氏)の祖神。

上賀茂神社祭神の賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)の祖父にあたり、 神武天皇の東征で先導した八咫烏(やたがらす)と同一視される。

 

【出典元:久我神社 (京都市北区) - Wikipedia

 

伏見区にも同じ漢字で読みが異なる久我(こが)神社が存在します。

久我神社の存在を知ったのは、先日お参りで訪れた神足神社を調べていた時のこと。

shironpton.hatenablog.com

 

神足神社の御祭神である天神立命は山背久我直等の祖先とされており、伏見区にある久我(こが)神社の境内社 歯神社の御祭神。

 

天神立命高御産巣日神の孫。

邇芸速日命(にぎはやひ のみこと、邇邇芸命の前に天孫降臨した神)の天孫降臨に同行しました。

天神立命は山背久我直等の祖先になったともいわれます。

古い時代にこの地を支配した豪族が祖先を祀っていた可能性もあります。久我神社(伏見区)にも同じ神様がお祀りされています

古代には久我神社を作った一族が長岡にもいたのかもしれません。

 

【出典元:神足神社 の紹介|京都府長岡京市 | 開運日和

 

 

上賀茂神社には賀茂別雷命(子)

下鴨神社には賀茂建角身命(祖父)、玉依姫(母)

 

が祀られており、久我神社(伏見区)の御祭神と全く同じ。

 

 

参道を進んで目に入ってきたのは、根元から切り倒されていますがきっと御神木。
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高さはなくとも、枝はなくとも、生い茂る葉はなくとも、この根が悠々と語ってくれるかのような存在感。
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根元には、沢山のすみれが咲いていました。

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調べたところ、樹齢600年にもなる木だったそう。

 

手水舎の『こころ』と書かれた手拭いがなんとも心憎い。
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拝殿前の提灯には二葉葵の御神紋。
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双葉葵の御神紋といえば、賀茂氏秦氏にゆかりのある神社や寺院の御神紋。

参拝したことのある神社で思いつくのは、

 

 ・日吉大社 東本宮

 ・松尾大社

 ・賀茂別雷神社上賀茂神社

 ・賀茂御祖神社下鴨神社

 ・木嶋坐天照御魂神社木嶋神社蚕ノ社

 ・広隆寺太秦寺)

 ・伏見稲荷大社

 

キーワードは磐座、発酵、養蚕、神南備山。

他にもまだあるのかもしれませんが。

 

【拝殿】
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拝殿後ろの木々。

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木々の隙間から覗いた先に、一本気になる木を見つけました。

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明らかに他とは異なる木。

面白い。

 

木々の手前には彩りの桃。
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入ってきた東側と真反対の西側にも鳥居がありました。
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掲示板より、気になった箇所を下記抜粋。

この付近は大宮の森と呼ばれ、神社付近にはその面影を残す巨樹が繁茂し、また、祭神の伝承から古代氏続の賀茂県主との関係も深く・・・

 

久我神社の境内に残る樹齢600年の御神木の根。

そして、拝殿裏手にある気になった木。

どちらも他を圧倒するばかりの巨樹で、大宮の森の面影を残しているかのよう。

 

そして、偶然なのかどうなのか伏見区にある久我神社の所在地は久我森の宮町。

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久我神社(伏見区)の周りがどのような状況なのかは分かりませんが、久我神社(北区)の周辺が大宮の森と呼ばれたのと同様、深い森に包まれているのかもしれません。

 

そして、こんなタイミングで今から久我神社(伏見区)に行く流れとなり、心は久我神社の森です(笑)

 

そんな森に思いを馳せながら、こちらは西側の鳥居の側にあった木。
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湾曲した枝振りは見事としか言いようがなく。 

 

振り返った先の境内は規模は決して大きくはないものの、大小だけでは決して図れないものを感じます。

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さて、これからどこへ向かおうかと何気なく空を見上げると面白い雲。

雲に誘われるかのように向かった先には神社がありました。
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つづきます。

【京都】玄武神社、惟喬親王の想い

とっても寒いある週末の朝。

娘の滋賀行きへ便乗して私は京都で下車。

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今日の相棒は6段変速、タイヤが細くてとてもよく走る緑のブロンプトン

向った先は、京都駅から北へ堀川通をひたすら走った先。

 

【玄武神社】
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【御祭神】惟喬親王
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前回、六角堂~神泉苑~西院春日神社~西院野々宮神社へお参りに行った際、Googleマップでとても気になった神社です。

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以前、平安神宮から見た四神獣を巡るお参りをしたこともあり、Googleマップで何気なく目にした『玄武』の文字に釘付け。

 

【北】(玄武/船岡山):上賀茂神社

【南】(朱雀/巨椋池):城南宮

【東】(青龍/鴨川):平安神宮

【西】(白虎/山陰道):松尾大社

 

北に玄武神社なるものがあったとは。。。

となると、行かないわけにはいかずのお参りです。

 

さて、境内に戻りまして

 

狛犬さん


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手水舎の水の吐き出し口に注目。

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随分と表面がぼこぼこしていますが、きっと亀ですね。

口の先には巻いた葉を咥えています。
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玄武といえば足の長い亀に蛇が巻き付いた四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)の北面の鎮護神。

玄武の玄は黒を意味し、黒は五行説では北方の色とされ水を表すことから水神。

 

となると、こちらの手水舎の亀さんは玄武を表しているのではないかと。

 

【拝殿】
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三輪明神
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三輪といえば、奈良県桜井市大神神社が浮かびます。

そして、やはりというかこちらの三輪明神ですが、大神神社からの御分霊を頂いているようです。

 

毎年4月の第二日曜日に行う玄武やすらい祭は、
奈良県桜井市大神神社(おおみわじんじゃ)の御分霊をいただいた
三輪明神のお祭りです。
鞍馬の火祭太秦の牛祭とともに京都の三大奇祭の一つで、
国の「重要無形民族文化財」の指定を受けています。
4月の春の花が散る時に、悪霊や疫神も同時に飛び散ると云う言い伝えから、鎮花祭の意味合いを持っています
無病息災を願い、お祭りの行列の花傘に入ることによって悪霊、疫病などの疫神はそのまま神社に封じ込めるという謂われもあります。

【出典元:玄武神社を知ってちょうだい | 伝えたい京都、知りたい京都。Kyoto love Kyoto


このあと、社務所御朱印を頂く際に宮司さんから色々とお話しを伺うことになるのですが、京都の三大奇祭の玄武やすらい祭りのお話しも伺うことが出来ました。

 

コロナの影響で2020年度のお祭りは中止されたそうですが、来月4月のお祭りは踊巡業は控えるものの、お祭りの象徴的な花傘は境内に飾られるそうです。

 

・コロナで今まで一度も途絶えたことのなかったお祭りが開催されなくなり、疫病退散のお祭りにも関わらず開催できないもどかしさ。

 

・今出来ることは、流れに抗わず、流れに身を任せること。

 

・何が正しくて、何が正しくないかは分からなく、今出来るコトを今出来る範囲で行っていくこと

 

などなど、朝早くに伺ったので社務所で待たれている方もおらず、沢山お話しをお伺いすることが出来ました。

 

玄武神社のHPはこちらです。

yasurai.org

 

 

さて、境内に戻りまして三輪明神の左手には

【玄武稲荷大神社】
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お社の右手に大きな切り株がありました。
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稲荷神社といえば、傍らには大きな木が存在しているような気がします。

例えば、こんな感じです。

shironpton.hatenablog.com

 

拝殿の左手には、立派な木。
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幹の先は枯れてしまったのでしょうか。
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鉄板のようなもので塞がれている様が痛々しく感じます。
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それにしても立派!
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こちらは手水舎の後方にあった祠。
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柑橘の木と祠の組み合わせは、見ていて朗らかな気分になります(^^)

左の石碑には『御大典記念』と彫られていました。

 

2月限定の御朱印を頂きました。

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こちらの見開きの御朱印

通常版もあるそうですが、月毎に異なる御朱印を1年前から始められたそうで、何か楽しいことが出来ればと宮司さんとそのお友達で考案されたとのこと。

今考えてみたら、1年前といえばコロナが始まった頃。

コロナがきっかけとなったのかもしれませんね。

 

御朱印の絵はてっきり手書きなのかと思っていましたが、消しゴムハンコで鬼と惟喬親王をペタペタと見開き二面に押された後、おもむろにクーピーの入った鉛筆立てから、サササッと色を入れていかれました。

 

これだけでも見ているだけで充分楽しく。

そして、玄武神社の御祭神は惟喬親王なはずなのに、なぜか後ろ姿だけで、それも少しうろたえているような感じが。

正面を向いているのは鬼で、これでは鬼がメインかのような仕上がり(笑)

 

そのことを宮司さんに尋ねると、惟喬親王はとても優しい方のような感じがするのです。と

 

そのお話しを聞いて、全く興味のなかった惟喬親王俄然興味が湧き調べてみました。

 

天安元年(857年)文徳天皇の前で元服して四品に叙せられ、天安2年(858年)14歳で現在の福岡県、大宰権帥に任ぜられる。

その後、大宰帥弾正尹常陸太守・上野太守を歴任する。

貞観14年(872年)病のため出家して素覚と号し、小野(伊勢物語八十三段によると比叡山山麓とあり、近江と大原の説がある)に隠棲した。

その後、山崎・水無瀬にも閑居したといわれる。

それから京都市北区雲ケ畑の岩屋山金峯寺(志明院)に宮を建て移り住む

耕雲入道と名乗り宮を耕雲寺(高雲禅寺)としたともいう。在原業平、紀有常らも親王の元を訪れたという。その後、病に倒れる。死期迫り、御所の川上に当たる金峯寺を避け、さらに北にある小野郷、大森の地へ移り亡くなったという。寛平9年(897年)2月20日薨去。享年54歳。

勅撰歌人として、『古今和歌集』(2首)以下の勅撰和歌集に6首が採録されている。

 

【出典元:惟喬親王 - Wikipedia

 

山崎・水無瀬の地名が出てきました。

水無瀬といえば大阪府三島郡、天王山の麓にある水無瀬神宮

我が家が毎週お水を汲みに行っている神社です。

それだけですでに親近感(笑)

 

更に文中にある京都市北区雲ケ畑の岩屋山金峯寺(志明院が気になり調べてみました。

 

 ・雲ケ畑(くもがはた)は、京都市北区の鴨川(賀茂川)源流域の名称

 

 ・賀茂川の源流域に沿い広がる雲ケ畑は、近世まで朝廷との結びつきが強固だった平安京造営に際してはこの地の木材が用いられたほか、主殿寮・仙洞御料(せんとうごりょう、上皇の所領地)として、木材や鮎などを始め、端午の節句には菖蒲(しょうぶ)を献上する「菖蒲役」を務めていた。薪炭や鮎などを朝廷に献上する供御人の活動地でもあった。

平安時代前期に、時の権力者の圧力で皇位継承から遠ざけられた惟喬親王が、隠棲して出家した場所としても有名である。雲ケ畑の村人に慕われた彼にまつわる話が数多く伝えられている。

明治中期から大正にかけて「御猟場」(ごりょうば)が設けられるなど、東京奠都の後も皇室とのかかわりを保ち続けてきた。

 

 ・岩屋山金峯寺(志明院)は「岩屋不動」の名で知られる。

「水源地を祈願し祀らなければ、暴れ川である賀茂川は治まらず、都の平穏はない」と、829年(天長6年)に空海により開創され、不動明王が祀られた真言宗の寺院である。歌舞伎『鳴神』の舞台として、また4月下旬に美しく咲くシャクナゲの群生地として有名。

 

【出典元:雲ケ畑 - Wikipedia

 

雲ケ畑は惟喬親王が隠居された土地。

その土地には鴨川の水源があり、その地に住まう集落の方は今でも水を汚さないように生活されている。

その水の清らかな土地に、空海さんが開創された不動明王を祀る岩屋金峯寺

皇室が東京へ遷った後も、皇室との関わりを保ち続けた土地。

その土地で、村人に慕われた惟喬親王の存在。

 

宮司さんの話されていた、惟喬親王のイメージがぼんやりと見えてきたような気がします。

鬼を前にしても、豆を投げることすら躊躇するであろうお人柄。

 

その土地に赴いても、もちろんご本人(惟喬親王がいるわけではありませんが、ここ最近強く感じることは、その土地に消えることなく続く想念のようなものがあるということ。

 

雲ケ畑は鞍馬より更に山奥。

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岩屋山金峯寺(志明院)がとても気になります。

 

岩屋という文字からは、山科区にある岩屋神社が思い起こされ、となると巨石。

shironpton.hatenablog.com

 

こうやって、行く先々で次に繋がる場所が提示され、いつになるかは分かりませんが岩屋山もいずれ。

 

玄武神社から、随分と話が脱線しましたが、この一見脱線のようなことが脱線ではなく必要な事だということに、うっすらですが気付き始めてきました。

 

自分にとって必要な事は、必要なタイミングで必ず起こり、大事なのはそのことに気付けるかどうか。

 

誰も教えてくれないのです。

自分で気付かなければ。

 

玄武神社という、少し厳めしい神社の名前。

そして北面の鎮護神という役割からは真逆のほんわかと暖かい感じ。

その、何とも暖かい感じはもちろん玄武神社にお仕えする宮司さんにも受け継がれているような感じがしました。

 

御朱印を受け取る際、御朱印の上に置かれていたものは、
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ビスコとチョコレート❤

 

御朱印を頂いてこのような事をして頂いたのは初めてで、なんだか子供の頃に戻ったかのよう。

 

帰り際、『また良かったらお参りに来て下さいね~。』の声に、宮司さんと惟喬親王の暖かさを感じた良き神社でした。

 

さて、まだまだ時間はあります。

とりあえず、このまま北上!

 

つづきます。

【京都】日向大神宮のお山、日御山

神馬の祠からすぐの場所に、

【多賀神社、春日神社、五行神社】

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五行神社の五行が陰陽五行ではないかと気になり、御朱印を頂く際に社務所で伺ったところ、やはり木・火・土・金・水の五行とのこと。

五行のお札が気になりましたが、お札が多ければ良いわけでもなく、今回はひとまず見送ることにしました。

 

祠の横から伸びている道からお山に入っていきます。

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思わぬ散策に、家族みんなでちょっとテンションが上がりました。

 

私以外のメンバーは、境内でそこまでテンションがあがるはずもなく、こうやって予期せぬタイミングでお山に入れたりすると、何があるのかワクワクするようです(^^)

 

目の前には一気にお山感が増す視界。

その先には、

【菅公御胞衣所】
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菅原道真の胞衣(胎盤や卵膜)を埋めたと伝えられている場所だそうで、胞衣は昔々の日本ではとても神聖なものであったという記述をどこかで見かけた気がします。

 

胞衣(生)を埋める(死)。

生と死。

対極にあるものは表裏一体。

 

お山で死から生へと昇華されていくようなイメージ。

 

更に奥に進んでいくと、
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天龍龍神と彫られた石像。
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となると、もう一つは地龍龍神
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そばにはお供え物があり、丁寧にお祀りされているような感じを受けました。

天龍地龍といえば、伏見稲荷大社にある神寶神社の狛龍さんと、籠神社の狛龍さんが浮かびます。

 

shironpton.hatenablog.com

 

shironpton.hatenablog.com

 

 

この一帯は、他にも石仏が点在していました。
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こちらの狛狐さんは、所々破損している状況からお役目が終わられた様子。
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狛狐さんの足元には、在りし日の狛狐さんのスケッチ画が風化しないようにラミネート加工をされて置かれていました。
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破損しているとはいえ、見るからに霊験あらかたな狛狐さん。

そして、在りし日のスケッチ画からもとても高貴な感じがします。

何よりもお役目が終わられたであろう状態でもこのように大切にされている姿を見て、モノに想いは宿ると感じました。

 

お山の中を歩いていると、気になるお社を見つけました。

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扁額が無い為、どういった神様がお祀りされているのかは分かりませんでしたが、突き当りの奥まった位置に配されており、いい意味で何とも言えない感じがしました。

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お山を下って、多賀大社の場所まで戻って来ました。

二股に伸びるもう一方の道を歩いていきます。

 

【福士神社】

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【御祭神】

 ・大国主命(オオクニヌシノミコト)
 ・彦火火出見尊 =山幸彦
 ・鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)
 ・神日本磐余彦尊(カンヤマトイワレヒコノミコト)=神武天皇

 

山幸彦の子供が鸕鶿草葺不合尊。

鸕鶿草葺不合尊の子供が神武天皇

大国主命のみが国津神

 

 

右手に見える少し気になった石。

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上を向いたカエルのう。

 

帰る

変える

還る

 

 

その奥には、

【朝日天満宮

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伊勢遥拝所へは少しお山を上がります。
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視界が開けてきたと思いきや、木々が随分と倒れています。

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文明の利器を存分に使っている自分が言うのも何ですが、御神体のようなこのお山に電波塔は似つかわしくなく、残念な気分になります。

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電波塔を過ぎるとほどなくして、伊勢遥拝所の鳥居が見えてきました。
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鳥居の中央によく見ると根元から3つに分かれた木が生えており、その様はさながら蚕ノ社の三柱鳥居のよう。

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私にとって、三から連想されるのは、

 

三位一体(心・体・霊)

造化三神

 

鳥居から後ろを振り返ると、朱塗りの大きな鳥居が見えました。

位置からすると平安神宮の大鳥居かと。

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鳥居の右奥に【日御山】と彫られた石柱と、傍らにはお水をお供えする入れ物が。

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この一帯だけが苔むしており、少し特別な感じがしました。

 

さて、階段を上がれば下りねばならず、降りた先には摂社。

厳島神社
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その左手に見える祠は東に向く形で配されています。
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【福田稲荷大神
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(鳥居の側でパーカーを前後反対に着て息子を驚かそうと今か今かと待つ娘(笑)私は、まんまと騙されました(^^;)

 

日向大神宮の境内で、他のお社は南向きに配されていましたが福士神社とここ稲荷神社だけが西向き、日の沈む方角に配されていました。

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境内には五行神社があったことから、少し方角が気になりました。

方位や陰陽五行が分かれば、色々と分かるコトも増えてくるような気がします。

日々、勉強ですね。

 

稲荷神社と道を挟んで、少し小高い位置に鳥居が見えました。
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この時点で私のテンションはメチャクチャ上がっています。
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鳥居の手前に案内札がありました。
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神体山を拝むための鳥居とのことで、鳥居の向きからすると伊勢遥拝所のあたりを拝む形になるのではないかと思います。

 

鳥居の右斜め後方に素晴らしい木を発見。
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変わってこちら。

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息子がとても気になったという変わった形をした木の根のような塊

まるでオブジェのよう。

 

そういえば、このような形の木のオブジェを同じく山科の牛尾山で見つけました。

shironpton.hatenablog.com

 

自然のなせる業なのでしょうか。

知らないこと、分からないことばかりで、いかに自分が井の中の蛙なのかと思い知らされます。

 

木の合間からちょうど陽が差し込んでなんとも厳かな気分。
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後ろを振り返ると、手前に稲荷神社。

(の手前の人影は、私の散策待ちの主人と娘が並んでベンチで歓談中。)

 

後方には続く階段の先に日向大神宮の外宮、内宮へと続く鳥居。
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日向大神宮のお参りから、日御山という素晴らしいお山に出会えたことに感謝。

次は、是非山中を散策してみたいと思います。

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【京都】日向大神宮 内宮・下宮・天の岩戸

一人、二月とは思えない出で立ちの人が写っておりますが、やって来たのは京都市山科区にある神社。

 

【日向(ひむかい)大神宮】

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鳥居をくぐってすぐ右手に神馬の文字。

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本物のお馬さんではありませんでしたが、白馬が収められていました。

 

木札にかかれている文字を見てみると、徳川家の寄進とあります。

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境内にある案内に沿って進みます。

まずは外宮、内宮、天の岩戸から。
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境内を何気なく撮ったつもりが、なぜこんなことになったのか。

息子の頭にご注目。
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風?静電気??

いずれにせよ、すごい爆発模様です(笑)

 


鳥居を目指して参道を歩くと、右手に猿田彦神社、花祭神社。
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そのすぐ左手には外宮。

【御祭神】天津彦火瓊々杵尊ニニギノミコト)、天之御中主神
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決して山奥ではないのですが、山中奥深くにあるような佇まいのお社。

伊勢神宮のような錯覚を覚えます。

 

参道挟んで反対側にはお社はないものの、明らかに他とは異なる一帯がありました。

白い玉砂利が敷かれています。
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遷宮地のようなものなのでしょうか?

それにしては、敷地が狭いかもしれませんね(^^;

 

外宮を右手に参道を進んでいくと、
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正面奥に見えるは内宮。
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こちらの橋の下の池、一見底に見えている灰色の砂で水が濁っているかのようですが、良く見ると、逆に底まで透けてしまうくらいに綺麗なお水。
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帰ってから境内図を調べて知りましたが、勾玉池と言うのだそうです。

澄んだ水が流れていることは良き事です(^^)

 

橋を渡ってすぐ右手に

【天鈿女命神社、恵比須神社
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その左手には【朝日泉】

【御祭神】水波能売神(ミズハノメノカミ)
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先程の勾玉池の水源はこちらの朝日泉ではないかと思います。

 

朝日泉が少し気になり調べてみると、昔は京の名水に数えられたほどのお水だそうですが、残念ながら現在は汲めなくなっているようです。

 

1月1日には「若水祭」が行われます。

この日だけ、「朝日泉御井神社(あさひいずみみいじんじゃ)」の小さな祠の扉が開かれ、元日の午前3時にお水を汲んで、神様にお供えするのです。
三が日の間は内宮の前に水がめが置かれ、参拝者にも授与されます

これは都に疫病が流行したとき、清和天皇が夢のお告げによってこの水を万人に与えたところ、疫病が治まったため、「朝日泉」と名付けたと伝わる霊泉で、京の名泉の一つに数えられています。

【出典元:第330回 日向大神宮『神聖なるパワーに包まれた、京のお伊勢さん』 : 京都 宇治 伊藤久右衛門

 

この内宮の鳥居が見える場所がとても良かったです。
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【内宮】

【御祭神】天照大御神宗像三女神f:id:roy-7303-pkbs:20210222091755j:image

内宮前に立ち、手を合わせて祝詞を唱えていると、正面の布がぶわぁ~っとめくれ上がり、お山からの気がすごい勢いで流れ込んできました。
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伊勢神宮でも同様のことがあったのですが、お山から吹き下ろす感じは初めてで、ちょっと感動してしまいました。

そんなことで感動しているのは私だけで、家族三人はそそくさと先に行ってしまいましたが(笑)

 

こちらはその内宮の後ろの木々。
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日向大神宮はお山が良いです。

厳かなのですが、暖かいとでもいえば良いのでしょうか。

 

拝殿左手には大きな岩に注連縄がかけられており、影向岩(ようごういわ)とあります。
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 ※「影向」の意味は神仏が仮の姿をとって現れること。

 

そして、ここから奥に天の岩戸に続く階段がありました。
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ほんの数分で到着。
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151cmの娘がかがまずに通れる高さです。

 

中に入るとすぐ祠があり、お祀りされているのは戸隠神社

【御祭神】天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)
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そして左手はもう出口。

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天の岩戸を出てすぐ、右手に伸びる山道がとても魅力的でしたが、今日の目的はお参り。
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時間も無い為、今回は諦めて境内へ戻ります。

 

境内で目についたのは社務所横に無造作に立てかけてあったこちらの切り株。
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ご神木と書かれていました。

 

さてここからは、摂社へのお参りです。

まずは、神馬のあった右手に伸びる道から散策です。

 

つづきます。



 

【京都/長岡京市】神足神社のご神木

お昼ご飯を食べる場所を求めてやってきたのは勝竜寺公園。

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名前に『竜』の漢字が付く息子。せっかくなので内部を散策。
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春に来れば桜が見れただろうにー。
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公園内部にある湧水『ガラシャのおもかげの水』を汲んで、さぁ出発。

 

自転車バカ好きな息子。

目についた神の足と書いて神足(こうたり)神社。

これは行ってみなければ!

 

【神足神社】
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【御祭神】天神立命(あめのかみたちのみこと)、舎人親王
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天神立命のお名前は初めて目にしました。

 

天神立命高御産巣日神の孫

邇芸速日命(にぎはやひ のみこと、邇邇芸命の前に天孫降臨した神)の天孫降臨に同行しました。

天神立命山背久我直等の祖先になったともいわれます。

古い時代にこの地を支配した豪族が祖先を祀っていた可能性もあります。久我神社にも同じ神様がお祀りされています

古代には久我神社を作った一族が長岡にもいたのかもしれません。

 

【出典元:神足神社 の紹介|京都府長岡京市 | 開運日和

 

先程お参りした羽束坐高御産日神社の御祭神は高皇産霊神

その御孫さんにあたる神社に図らずもやってきたようです。

ご縁に感謝。

 

そして、天神立命の神様ですが、2018年の春に和歌山で訪れた日前(ひのくま)神宮、國懸(くにかかす)神宮の摂社でお祀りされていたようです。

 

参考までに。

天神立命:玄松子の祭神記

日前神宮 国懸神宮 日前國懸神宮

 

 

さて二つ目の鳥居をくぐってすぐ、右手になんとも立派な木。
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先程の羽束師神社の木といい、今日はとても立派な木にたくさん出会えます❤
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更に奥にも!
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拝殿手前右手に野上天神のお社。

【御祭神】鹿屋比売命、大歳神
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何とも立派な拝殿。

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狛犬さんの厳めしい顔つきとは真逆の可愛らしいマスクの柄(笑)


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拝殿を左手からぐるりと一周。
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ピンク色の梅が咲いていました。
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左手に納札所のようなものがありました。
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この辺りの雰囲気は鬱蒼としたというより、朗らかな感じがして良かったです。
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ぐるりと一周して、目の前にはこの迫力満点の根。
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根から吸い上げた養分に比例するかのような幹回り。
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途中から幹が二股に分かれています。
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樹勢はとても勢いがあり、まさしく葉が生い茂るといった感じ。
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少し離れた場所から。
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一心不乱に木の写真ばかり取っている私をよそに、主人と息子はベンチで一服。

傍から見ればかなり滑稽なのかもしれませんが、このどうしようもない衝動は、それこそどうしようもなく(笑)

 

何に突き動かされているのか、理由や原因を突き止めたくなる私の性分としてはいい加減分かりそうなモノなのですが、自分でも未だに全く分かりません。

 

神社へお参りというより、気付けば木ばかりを撮っていますが、本人が納得しているので良いのでしょう(笑)

 

今回も素晴らしい木ばかりと出会うことが出来て大満足!

さてお次はどんな出会いがあるのやら~。